『古に眠る炎竜』1

2006年1月30日 (月)

古に眠る炎竜#20

 皆の顔を見て、シリスも仕方なさそうに息を吐く。
「ええ、ちゃんと戻って来ますから……それまで、みんなも元気で」
 別れのことばを口にして、歩き出す。
「じゃあ、またな」
「それじゃあね」
 再会の約束を信じて、カーマルクの考古学者たちも、軽い調子で別れを告げた。
 旅人たちは、歩き出す。南の、パストナ王国との国境のそばに位置する港町、グレパスへ向かって。
 砂を舞い上がらせ、乾いた風が、街から去りゆく二つの姿を覆い隠す。
 長い間見送っていたカーマルクの民も、やがて、強い風に追い立てられるようにして、街の中へ帰っていった
 カーマルクの南には、いくつかの町や村がある。そのうちのどこかで馬車を借りることにして、シリスとリンファは、束の間の間だけ、のんびり歩くことにした。
「ところで、あなたは、どんな試練を受けたの? やっぱり、氷の世界かしら?」
 カーマルクが緑の地平線に消えてから、リンファが、遺跡からずっと気になっていたことを尋ねた。
 彼女のことばに、シリスは不思議そうな顔をする。
「え……オレが見たのは、砂の岩山の世界だよ。あれは、オレにとってはとても恐ろしい試練だったなあ……」
「あら、どんな試練だったの?」
「それはその、色々と……」
 顔を下に向けて吟遊詩人はことばを濁すが、リンファには、大体想像がつく。
「……そういうリンファは、どんな試練を受けたんだい?」
 反撃のつもりか、シリスは訊き返す。
 しかし、魔女が美しい顔に浮かべたのは、余裕のほほ笑みだ。
「一度目の試練は、死の危険をも拭う勇気。つまり、死の危険を冒してまで、自分の信念をつらぬくことができるかどうか」
「死の危険なんて、いつものことだけど……」
「実際はともかく、死に対するような恐怖を乗り越えることができるかどうか、ね。それができたから、わたしたちは試練を果たした。わたしは、氷の世界で、ちゃんと大切なものを守れたわ」
 彼女がほほ笑むと、シリスも、にっこり笑う。
「それなら、オレだって、ちゃんと信念に従って試練を越えられたって事だよね」
「そういうこと」
 リンファのことばで、笑顔を取り戻したものの、もう一度同じ状況になっても動けないだろうな、とシリスは思う。
 残る試練は、『自らを律する自制心』、そして『絶望に打ち勝つ希望』だ。
 エルカコムの大地の上にも続く空を見上げながら、二人は、歩き続けた。


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2006年1月28日 (土)

古に眠る炎竜#19

 いつの間にか、太陽は頂点を通り過ぎていた。
 カーマルクの食堂で遅い昼食を終えた旅人たちと考古学者たちは、早々に、町の端に向かった。いつもならもう少しことばを交わし、杯を交わすところだが、シリスとリンファは、談笑する時間すら惜しかった。
 脇に並ぶ家々が途切れる辺りで、地元の者たち、今日そこに加わった少年は足を止める。
 二人の旅人たちは、さらに少し進んだところで、振り向いた。
「博士、お世話になりました」
 吟遊詩人が、高名な考古学者にほほ笑みを向ける。
「なあに、我々は大したことはしておらんよ。試練を乗り越えたのは、お主ら自身の力だろう」
「わたしたちとしても、貴重なものが見れましたからね」
 博士のことばに、シェイドが続ける。
「シェイド、それにカナークとマユラも……おかげで、助かったよ」
「あんたちには、助太刀はいらなかったかもしれないけどな」
「いつでも力になるから、何かあったらまた寄ってよ」
 シリスが目を向けると、長身の剣士と女格闘家は、お互いを牽制するように肘を動かしながら答える。
「セレインも、博士の弟子になれてよかったね。頑張るんだよ」
「はい、頑張ります!」
 澄んだ赤の目を向けられて、少年は、元気よく声を張り上げる。最初の印象では、もっと大人しく気の弱そうな雰囲気があったものの、今は、自信と子どもらしい明るさに溢れていた。
「シリスさんが一緒に行ってくれたから、博士に会うことができたんです。お店でも、助けてもらったし……本当に、ありがとうございました」
「どういたしまして」
 ほほ笑み、吟遊詩人は手を伸ばす。
 セレインは少しの間戸惑ったあと、相手の手を握った。
 握手が終わると、そばから、どこかわざとらしい咳払いが聞こえてくる。
「わたしに言うことは何かないのか?」
 シェイドの肩の上に、知性を目に宿したフクロウが留まっていた。まるで興味がないかのように顔をそむけていたが、いつ声がかかるかと気にしていたらしい。
 シリスは慌てて、付け加える。
「ああ、ヘレスにも世話になったよ。あなたの知識は、カーマルクの考古学界にとって、重要になるだろうね」
「当たり前だ」
 胸を反らす聖獣に、シリスは苦笑し、見慣れた考古学者たちは、いつものこと、という様子で溜め息を洩らし、あるいは首を振る。
「とにかく……気をつけてな」
 気を取り直し、カナークが口を開く。
「詳しいことは知らないが、何か事情があるんだろう。でも、無理はするなよ。あんたらのほうに何かあったら、待ってる連中もいたたまれないだろうよ」
「大丈夫だよ」
「必ず、古代魔法は手に入れて見せるわ。それに、ちゃんとシリスには、博士との約束を守らせるから」
 シリスに続いて、長い間沈黙していたリンファがようやく口を開いた。
 彼女のことばに、吟遊詩人は少しぎょっとしたようだが、ほか一同の顔には、おもしろ半分、希望半分の笑みが浮かぶ。

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2006年1月27日 (金)

古に眠る炎竜#18

「ここに、次の試練があるってことかな?」
 シリスは、常に持ち歩いている紙の地図を広げ、光の点が打たれている場所に目印を描いた。
 点が輝くのは、砂漠の真ん中。ナーサラ大陸南東に位置する灼熱の地、エルカコムの砂漠のなかだ。
「だいぶ遠いな……」
 シェイドが、わずかに顔をしかめる。
 パンジーヒア王国からエルカコムまでは、多くの国や山を越えなければならない。馬車でも、片道一週間以上はかかる。
 果たして、一ヶ月以内に帰って来られるのだろうか。
「急がなきゃいけないのに……あと二つも、試練があるのか」
 間に合わないかもしれない。シリスの顔に、かすかな不安がよぎる。
「まあ、そう思いつめるな」
 デュメル博士が、吟遊詩人の背中を強く叩いた。
 転びそうになるシリスに、博士は笑みを向ける。
「エルカコムの砂漠に行くなら、船で行ったほうが早い。南のグレパスの町には、セントメフィアの王族御用達の高速船がある。わしも色々付き合いがあるからな。紹介状を書いてやろう」
 突然伸ばされた救いの手に、シリスは、目を見開いて驚く。
 やがて、彼は喜びを満面の笑みにして表わし、博士の手を取った。
「ありがとうございます、博士。この恩は、いずれお返しします」
「そうかそうか。それじゃあ、いずれは色々と研究させてもらえるのかのう」
 博士の満足げなことばに、感動していたシリスが再び転びかける。
「そ、それはまあ、そのうち……」
「では、そのうち来てくれるのだね。待っているよ」
 吟遊詩人は博士が忘れてくれることを祈ったが、望みは薄いようだ。
 すでに、役目を終えたためか。シリスと博士が話している間、シェイドやマユラが観察している目の前で、球体は消えていく。
 周囲に充満していた魔力が、煙のように消えうせた。新たな挑戦者がここを訪れるまで、試練の働きも、眠りにつくのだろう。
 遠くで、大きなものが引きずられるような音がした。
「出口が開いた……みたいね」
 もう、ここに用はない。
 少し名残惜しそうな顔をする考古学者たちをよそに、魔女は出口を目ざして歩き出す。
 その相棒も、時間は惜しかった。急いでリンファを追うシリスに、シェイドとその同僚たち、博士とセレインも続く。
「そういえば……」
 通路を歩き出して間もなく、何かを思い出したように、シリスは後ろの顔ぶれを振り返った。
「セレインは、何か用事があったんじゃなかったのかい?」
 急に尋ねられ、少年は、大きな目を丸くする。
 やがて、その顔に、本人も忘れていたらしい、彼の目的を記憶のそこから呼び起こしたのが見て取れる。
「そうです……ぼくは、その……どうしても、博士の弟子にしてほしくて」
「弟子に?」
 博士が、細い目を見開いて少年を見た。
 やがて、その顔は、穏やかな喜びの笑顔になる。
「それは、大歓迎だよ! こんなに勉強熱心な弟子が来てくれるなら、こちらとしても大助かりというものだ。何せ、うちはシェイドはともかく、頭より手が出る連中が多いからのう」
 後ろに続くカナークとマユラが苦笑するが、セレインは、思わず博士に飛びついた。
 デュメル博士は、無邪気に喜ぶ孫のような少年を、同じく嬉しそうに受け止める。
「よろしく頼むよ、セレイン」
 フクロウに似た聖獣を肩に乗せた黒衣の魔術師が、ほほ笑みを浮かべて歓喜の様子を見守る。
 先を行く二人の旅人も、ひとときだけ急ぎの旅路を忘れ、相好を崩した。

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2006年1月26日 (木)

古に眠る炎竜#17

 我に返ると、二人の旅人たちは球体を間にしながら、手を取り合うようにして立ちすくんでいた。
「あ……」
「大丈夫?」
 状況が良くわからずに茫然とするシリスと、念のために、相手の身体の無事を確かめるリンファ。
「やれやれ……仲がいいものだな」
 ヘレスの声に、二人は、周囲の皆の視線を意識して、慌てて手を離す。
「あ、あの……何がどうなったんだい?」
 取り繕うように、吟遊詩人は、周囲で見守っていたシェイドたちの顔を見回した。
 当人たちと同じくしばらく放心していた考古学者たちは、我に返ると、今起こったことを論理的に考えようとした。
「ああ……急に辺りが光って、二人の姿が消えたと思ったら、すぐにまた戻ってきて、今の通りだ。消えていたのは、ほんの一呼吸の間だったぞ」
 カナークが、緊張を解いて息を吐きながら説明する。
 シリスとリンファには、一呼吸の間とは思えなかった。やはり、何か大規模な魔法の仕掛けがあったのだろう。
 そう結論付けて、リンファは再び、球体をのぞきこんだ。
 彼女は、そこに今までなかったものを見つける。
「見て。どうやら、試練を乗り越えたと認められたみたいよ」
 シリスが、そしてシェイドたちも、球体の周囲に集まってその表面に注目した。
 凹凸のある、球形の世界地図。
 その表面に、本来はない、赤い光が輝いていた。

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2006年1月25日 (水)

古に眠る炎竜#16

 厚い氷の地面の上に、魔女は立っていた。
 灰色の空に、地平線まで白い氷の大地。ひび割れには透明な水の流れが顔を出し、大きな影が、泳ぎ回る。
 リンファはレイピアを抜き、周囲の気配を探った。
 直接感覚を狂わせるような魔法や、独自の世界を創りあげるような魔法はともかく、幻覚なら、それで見破れるはずだ。
 しかし、彼女は、何も感じ取ることはできなかった。
 少なくとも、単純な幻術ではない。
 それを確認して、リンファは呪文を唱え始める。
「〈コロナブリッド〉」
 小さな、無数の光の粒が、少し離れたところに現われ、氷の地面に、いくつもの穴が空いた。
 どうやら、魔法は使えるようだ。
 不意に、大きな水音がした。
 振り返ると、尾びれが、氷の地面が途切れたところに広がる海の水面に、潜り込むところだった。
 冷水の海の上に、大小さまざまな氷の島が浮いている。
 離れたところに、少し大きめの氷の島があった。もやのかかったそこに、リンファは、見覚えのあるシルエットを見つける。
 風が吹いた。
 もやが吹き散らされ、そこにある姿があらわになる。
 見違えるはずもない、薄紫の長い髪。槍と竪琴を背負い、戸惑うように周囲を見回っている、吟遊詩人の姿。
「シリス!」
 声をかけるが、相手は反応しない。冷たい空気が、音をも凍りつかせたようだった。
 リンファは、足もとに注意しながら、氷の地面が途切れる端まで歩いていく。
 近づくと、シリスが立っている氷の島の周囲に、大きな黒い影が、水面の下を動き回るのが見えた。
 海獣らしいものが、島のそばで、尾びれを水面に叩きつけた。
 いくら厚いとはいえ、海に浮かぶ氷の板に過ぎない島は、大きく揺れる。上でバランスを崩し、シリスは膝をついた。
「〈ヘイルストーム〉」
 呪文を唱えず、氷の粒の嵐を起こし、リンファは走った。身を切るような寒さにも眉一つ動かさず、魔法で作った氷の橋を渡り、小さな氷の島に跳び移り、それを何度も繰り返して、目的の島へ向かう。
 あと、少し。
 もう一度、氷の魔法を使おうとした魔女の前に、巨大な姿が滑り込んだ。
 ぬらぬらとした青緑の鱗に覆われた、大蛇のような怪獣が、鋭い牙を見せて口を開けていた。
 シーサーペントの一種だと、リンファは瞬間的に判断した。
「〈ヘイルストーム〉」
 魔物の前に氷の壁を作り、時間稼ぎをする。呪文を唱えながら、彼女は走った。
 この状況では、得意の火炎系魔法は使えない。まずは、足場が必要だ。
 サーペントが咆え、大きな身体を海中へと躍らせる。
「〈エアウイング〉」
 飛翔の魔法。
 リンファは、最善の方法を取る。海獣の攻撃も、その影響で不安定に揺れる足場も、何の意味も持たない空へ。
 海獣の橙色の目が、悔しげに白い姿を追う。魔女は海獣を飛び越え、波にもまれる氷の島へ降り立った。
 氷の島にしがみつくように伏せている吟遊詩人に手を伸ばす。
 途端に、魔女は、すべてが、雪に包まれたような気がした。

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2006年1月24日 (火)

古に眠る炎竜#15

 柱のように突き出た黄土色の岩山に、旅の商人風の男がしがみついていた。男はシリスを見て、声を張り上げる。
「頼む、助けてくれ!」
 彼がしがみついている岩山に向かって、細い断崖の道が、まるで橋のように続いていた。サーカスの綱渡りほどではないが、簡単に渡りきれるほど幅はない。
 一歩、そちらに足を踏み出してみて、シリスは怯んだ。道の脇から見える下の景色をチラッと目にしただけで、その顔が血の気を失う。
「何してるんだ、早く助けて!」
「あの、オレはその、高いところはちょっと……」
「見殺しにする気かー!」
 男の怒声を受けて、シリスは泣き言を言いながら恐る恐る、一歩踏み出す。
「行きます、行くしかないんでしょう、ええ、わかってますよ……」
 勇気を持って、さらに一歩、細い道に足をかける。
 再び下の景色が視界に入った途端、シリスは目眩を感じて、慌てて頭を振る。
「下を見るな、前だけを見て走れ! 常にちゃんと足の裏を地面に付けていれば、そう簡単に落ちはしない!」
「は、はい……」
 なぜか助けられる側に励まされながら、覚悟を決める。
 早くしなければ、商人らしい男の手が断崖のふちから離れ、落下してしまうかもしれない。そんな光景は見たくない、急がなければ――
 助けたい一心で、シリスは駆け出した。
 下を見ないよう、目的地だけに集中して、ただ、真っ直ぐ前へ。
「おおっ……」
 男が、紅潮した顔に、歓喜と驚きの混じった表情を浮かべる。
 ひたすら全力疾走する吟遊詩人の視界で、男の姿が大きくなってくる。
 永遠とも一瞬とも感じられる時間が過ぎ、やがて、あと少し、というところまで到達したとき、突然、視界が揺らいだ。
 シリスは、思わず立ち止まる。足を踏み外したのかと思うが、足の裏はきちんと細い道についている。
 足場が揺れていた。黄土色の架け橋が、徐々に崩れていく。
「急げ!」
 言われるまでもない。バランスを崩しそうになりながら、渡りきるために再び走り出す。
 地面が不安定に震えているようだった。恐怖や不安、色々な感情を頭から追い出して、最後の数歩は、跳んだ。
 そのまま転がり、崖のふちにかかる手をつかむ。
 途端に、白い光が辺りを包んだ。

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2006年1月23日 (月)

古に眠る炎竜#14

 見渡す限りの、荒野。
 黄土色のひび割れた大地を一望する断崖の上で、思わず、吟遊詩人は後ずさる。
 振り返ると、さらに天高くそびえる頂があった。空は夕暮れの薄い紫紺と朝焼けの桃色に近い赤が混じったようで、壮大な一枚の絵にでもなりそうな光景だ。
 黄昏時。それが常に当たり前の時代が、かつてあった。そう、シリスは記憶している。
「リンファ……?」
 見えない相手を呼んでみる。
 しかし、答はない。予想通りではあるが。
 試練は、一人ひとり受けることになるのだろう。そう覚悟を決めて、彼は、天へ突き出た絶壁のほうへと歩き始める。
 黄土色の壁面を撫でると、周囲を見回す。どこかに、下へ向かう道はないかと探してみる。高いところにいるのは、あまり気分がよくなかった。
 一見、下へ向かう道は見えない。ただ、荒野に、シリスがいる場所と同じような黄土色の岩山が、いくつも並んでいるのが見えた。
 シリスは崖を伝い、回り込んでみる。見渡す限りの荒野に、動物の影すら見えない。
 少し歩いて、彼は足を止めた。
 これは、何かの魔法がつくりあげた幻か、夢なのか。
 足もとの小さな土の塊を拾い上げ、潰してみる。確かな官職が手のひらではじけ、パラパラとこぼれ落ちた。
 もしかしたら、セルティストのどこかに実在する場所へ、移動させられたのかもしれない。
 証明のしようがないことを考えるのに切りをつけ、再び歩き出す。
 不意に、声が聞こえたような気がした。
 何も考えず、シリスは駆け出す。この世界に存在する、今のところ唯一の自分以外の意志を持った存在へ。
 少し走ったところで、この黄土色の世界に、本来存在しないであろう色を見つける。

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2006年1月21日 (土)

古に眠る炎竜#13

「これほど強い魔力なら、捜しやすいからな。まあ、皆無事で何より、といったところか」
 同じく魔力を感じ取ったらしいヘレスが、すでにすべて丸く収まったような口ぶりで言った。その存在を忘れかけていたシリスは、ぎょっとして段差から落ちかける。
 やがて、闇の中から、黒衣の魔術師と、白い姿の女魔術師が現われる。
「やあ、わたしたちが最後のようですね」
「みんな無事みたいね」
 仲間たちを見回してほっとした様子のシェイドと、その一方、全員そろっているのが当たり前のように言うリンファ。
 それでも、幻ではないことを確かめるように、段差の上の目に馴染んだ姿に歩み寄る。
 途端に、空気がざわめいた。まるで、瞬間移動させられたときのように。
「また、どこかに行くのか……?」
 剣の柄に手をかけながら、カナークは周囲を警戒する。
 リンファが、シリスの立つ円形の壇の上に乗った。すると、半ば予期していた動きが起こる。
 壇の上に、青い球体が浮かび上がった。球体の上には、地図に点在する陸地が浮かんでいる。草原や森は緑で、砂漠は黄土色で、雪原は白で縁取られ、山は球体の表面から、高さに合わせたように突き出ていた。
 まるで、小さな、セルティスト界〈フォース〉そのものだ。
「魔法でできた地図……かな」
 しばらく、茫然と球体を見つめていたマユラが、自信のない声でそう言った。
 もっとよく見ようと、考古学者たちは恐る恐る近づいていく。
 背後からの視線を感じながら、シリスはそっと、球体に向かって手を伸ばした。
『力を求める者よ』
 突然、重々しい声が響く。シリスは、思わず手を引いた。
「誰だ?」
 人間のものとは思えない、幾重にも声色が重なったような声に、デュメル博士が問いかける。
 それには答えず、感情の見えない声がことばを続ける。
『お前たちに、いくつかの試練を課すことになる。死の危険をも拭う勇気、自らを律する自制心、絶望に打ち勝つ希望を持つ者だけが力を手にできる。それでも力を欲するなら、立体世界に触れてみるがいい』
 立体世界――それが球体をさしていることは、あきらかだ。
 見守る考古学者たちやセレインらの間にも、緊張が走る。
 古代魔法の手がかりを求めてここまで来た旅人たちは、一瞬目を見合わせると、同時に球体に向けて手を伸ばす。
 指先にほのかな暖かさを感じた直後、二人は、世界が反転する感覚を覚えた。

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2006年1月20日 (金)

古に眠る炎竜#12

「魔物……か?」
 松明をヘレスに咥えさせて、カナークは剣を握りしめる。
 足を速め、剣士と、聖獣を肩にのせた吟遊詩人は、光を目指した。松明が必要なくなるほど明るくなると、火を消して、音も立てぬように出口に近寄る。
 円形の、天井も球面の内側のような部屋が、壁にかかったランプの明りに照らされていた。部屋の四方には、通路がのびている。その内側で、いくつかのシルエットが揺れた。
 身を低くして剣をかまえ、カナークは室内をうかがう。
 そこにあるけはいは、一……二……三人か。
 それは、どうやら人間のもののようだ。
 ふと、剣士の腕が引かれる。振り返ると、緊張感の抜けたシリスの代わりに、ヘレスが声を上げる。
「どうやら、ここで戦う必要はなさそうだぞ」
 近づいて来る足音に、カナークは思わず目をやった。その気配も、徐々に見えてくる姿も、よく馴染んだものだ。
「あら、無事だったみたいだね」
 赤毛の女が、健康的な日焼けした顔に笑みを広げた。
 彼女のことばを聞きつけて、別の姿も近づいて来る。現われたのは、白髪の老博士と、少年だ。
「マユラさん、それにデュメル博士とセレインも、ご無事で」
 槍を背中に留め、シリスがカナークに続いて通路を出た。
「そちらも、大丈夫そうだな。ただ、美人さんとシェイドは一緒じゃなかったのかの」
「ええ……」
 博士のことばに、少し心配そうな声を返して、吟遊詩人は部屋の中央に進んだ。
 瞬間移動させられた部屋と同じような段差の上に登り、彼は、四方にのびる通路を眺める。リンファたちが現われるなら、自分たちが来たのとは違う通路からに違いない。
「まあ、魔術師たちなら大丈夫だと思うけどな」
「少なくとも、あんたと二人きりよりはマシだろうしね」
 マユラのからかいに、カナークは肩をすくめる。
 目を閉じて気配を探っていたシリスは、周囲の会話も耳に入らず、覚えのある気配が少しずつ強くなってくるのを感じていた。距離を狭めてくると、それが存在する方向も、確かにわかるようになる。
 やがて、彼は、通路の一つに目を向けた。

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2006年1月19日 (木)

古に眠る炎竜#11

 淡々と、松明を掲げながら、カナークは歩き続けた。ヘレスがシリスの肩に留まって話し続けているので、いちいち後ろを確認する必要もなかった。
「ところで、何のために古代魔法など探しているのだ?」
 遺跡に関する推理を延々と述べていたヘレスが、話題を、もっと身近なものに移す。
「ああ……どうしても、強力な破壊力が必要で……」
 ヘレスの独り言にも律儀に付き合っていた吟遊詩人が、少し歯切れの悪い調子で応じる。カナークが振り向くと、シリスは思いつめたような顔でうなだれていた。
「力を追い求めるタイプには見えないな。その破壊力、誰のために使うつもりだ?」
「私利私欲のためじゃないよ。それは約束できる……人を助けるために使うんだ」
 真っ直ぐ剣士の視線を受け止めて、彼は答えた。
 カナークのほうは、べつに、疑っていたわけではない。ヘレスのほうも、軽い気持ちで聞いただけのことだろう。
 しかし、シリスの赤い瞳の奥に揺れる光は重い。
「なんだか、深い事情があるみたいだな。でも、余り思いつめないほうがいいと思うぜ。他人のためなんだろ、精一杯やるだけでみんな納得するさ」
「時間がないんだ……一ヶ月以内には、古代魔法を持ち帰らないと」
 この遺跡に存在するのは、古代魔法への手がかりだけだと云われている。順調に手がかりを手に入れたとしても、古代魔法が封じられた場所によっては、一ヶ月で持ち帰ることは難しい。
 シリスにとっては、わずかな時間でも惜しいだろう。
「でも……そのために、デュメル博士やきみたちを巻き込むことになって……」
「何言ってんだよ。オレたちにとってはこれも仕事のうちだ」
 カナークが、左手で吟遊詩人の背中をバン、と叩いた。シリスは転びかけ、肩に乗っていたヘレスは翼を広げてバランスをとる。
「ありがとう、カナーク」
 背中をさすりながらも、シリスは剣士を振り返り、笑顔で礼を言う。
 カナークは照れくさそうに顔をそむけると、今まで以上に大股で、先を急ぎ始める。慌ててあとを追いながら、シリスは、奇妙な感覚が空気を乱すのを感じた。
 右手に握った槍の感触を確かめ、通路の先に視線をやる。
 光が、小さな出口から、わずかに洩れ出ていた。その光が、時折何かに遮られたように、ちらちらとまたたく。

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