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2010年11月21日 (日)

古に眠る炎竜#70(長編連載小説DB)

 周囲の人の流れが途切れつつある。二人が出る前にも、宴の会場から宿の寝室に引き取った者が数名はいた。時間帯としては寝るにはまだ早いが、疲れている者ならそろそろ床についてもおかしくはない。
「それで、どうしたの? さっき何か言いたかったみたいだけど」
 言われて、少しの間ぼうっとしていた吟遊詩人は驚いたように振り返り、思い出す。
「ああ……一曲できそうだと思ってね。今回の旅は色々あったから一曲どころか何曲もできそうだけど、今はとりあえずあの炎竜のことを皆に伝えたい気分だな」
 背負っている竪琴を手に抱え込み、シリスは木の長椅子に腰を下ろす。となりに陣取ったリンファは何かを期待するように相手を見つめた。
「あら、即興でできるの? よっぽどあの竜が気に入ったみたいね」
「気に入った……そうかもしれない。最初は凶暴かと思ったけれど、いい竜だよ。だから題名は〈優しき炎竜〉とかかな」
「本人は、〈勇ましき炎竜〉なんかを好みそうね」
 それに同意して笑いながら、吟遊詩人は指先を動かした。
 ポロン、と耳に心地よい音が鳴る。
 だいぶ姿の減ってきた通行人たちは足を止め、その他の場所からの喧騒すら静まり返ったかのように思える。

 赤き翼、輝く瞳
 ひとたび舞えば光の尾をひく
 パラヴィオの頂に翼を休め
 崇め奉られ伝説の中にありし炎竜
 人知れぬまま長き約束をもて
 人の子を護り抜くまで……

 カーマルクの夜闇を、美しい音色と歌声が緩やかに震わせる。
 それが完全に途切れるまで、周囲の人々は耳を傾けて口を閉ざしていた。


                 〈了〉

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