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2010年7月30日 (金)

古に眠る炎竜#64(長編連載小説DB)

 雲ひとつない空を縦に二分するように、一筋の黒い煙が高く立ち昇っていた。それは染みのような灰色で少しずつ空の高い部分にわだかまりつつあり、見る者に不気味な印象を与える。
 だが、それが一種の救難信号の役目を果たしたのも確かかもしれない。カーマルクから様子見に訪れた一団が早馬を飛ばし、火山のふもとの村人たちは一時、カーマルクに避難することになっていた。村にはいつでも逃れるように準備をした十名の観測隊だけが駐留している。
 村人たちは生まれ故郷を離れることを迷ったが、信じて離れた。きっと我が家に戻れる日が来る。あの二人が、きっと村を救う手段を持ってきてくれると。
 そのことは、観測隊や村への道を見張る警備兵にも伝わっていたらしい。
「村人の言われていたかたたちですね?」
 行く手を遮るように二人の警備兵が近付いて来たときには、シリスとリンファは止められるものと思い、心なしか精神的に身構えた。だが、特徴を知れば見間違うことのない二人へ咎めるような視線はない。
「話は聞いています。村を救う方法を探しに出たとか。それで……首尾の方は?」
 声を抑えて問う相手に、リンファが胸を張った。
「大丈夫、上手くいったわ。それで、火山の方はどんな状態なの?」
「小康状態です。いつ爆発してもおかしくはありませんが、今のところ村にさほどの被害はありません」
 周囲の植物や大地の上に、薄っすらと灰が積もっていた。現在の地上への影響はその程度らしい。
「健闘を祈ります」
 そう言って敬礼する王国派遣の警備兵たちに見送られ、旅人たちは前にも一度訪れた村への道を急いだ。
 遮る物は何もない。ただ、大地が唸るような地震がほんの一時だけ彼らの足を止める。まさか、到着寸前で間に合わなくなったのかと慌てて見上げるが、吟遊詩人の緋色のには山頂がそれほど変化したようには映らなかった。
「急いだ方が良さそうね」
 もともと速足だったのをさらに速めて歩くのを、パンジーヒア王国の紋章をつけた観測隊らしき一団が迎えた。村の出入り口に仮設のテントと繋がれた馬たちが並び、危険な兆候があればいつでも脱出可能なかまえだ。
「お二人が、村人たちの言っていた――」
「そうよ」
 警備兵とのやり取りの繰り返しを嫌い、リンファが遮る。
「これからひとつ、あの火山の被害を減らす方法を試してみるわ。念のために聞いてみるけど、あの山の向こう側には誰もいないでしょうね?」
 強力な魔法で山頂の炎竜蓋を破壊し、角度をつけて崩すことで被害を村から逸らそうというのが作戦だ。成功すれば、村の反対側が被害を受けることになる。
「それは大丈夫です。周囲への立ち入りは禁じてありますし、あの辺りには深い森と谷があるくらいでそうそう人が入り込むことはできないでしょう」
 最も年長と見える調査員が説明すると、シリスはほっと息を吐いた。
「それじゃあ、皆さんもできるだけ離れていてください。火山の被害だけじゃなく、山を崩すための魔法もどの程度の威力があるのかわかりませんから」
「我々は山頂に変化があればすぐに脱出します。お二人も、どうかご無事で」
 調査員たちの目には希望が半分、もう半分はまるで死地に赴く者を見送るような光がたたえられていた。
 むろん、当の二人は死ぬつもりなど毛頭ない。
「大丈夫、きっと無事に皆、再会できますよ」
 そう言い残してマントをひるがえし、シリスは足を踏み出す。
 地獄が待っているとしか思われないような、今にも噴火しそうに黒い煙を立ち昇らせる火山の山頂に続く道へと向かって。

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