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2010年7月22日 (木)

古に眠る炎竜#62(長編連載小説DB)

 最後の試練の場は、試練が始まった瞬間とは逆に部屋に満ちた光が薄れていくことで試練の終わりを告げた。
 意識を取り戻した二人は、伸ばしたままだった手に何の感触もないことに気がつく。まるですべて最初から幻だったかのように、球体は消滅していた。
 最後の試練は終わったのだ。
「二度目の機会は与えられないんだね」
 吟遊詩人の緋色の目は落胆の色を表わして何もなくなった空間を捉え、それからほんのわずかな期待をもって目の前の魔女に向けられた。
 魔女は泰然とその視線を受け止める。
「二度目は必要ない。もう、ここに用はないもの」
 彼女のことばにシリスは驚き、喜びを表す前に時間が迫っていることを思い出したようだった。
「急ごう。パガーラさんの出発に間に合わせたい。一ヶ月持つかどうかって話だったし、それより早く村が危機になるかもしれない」
 パガーラは次の朝にはカンドリアを発ってしまう。試練の場を出た二人はフィエルに急ぐように頼んだ。
 旅人たちの事情は知らないが、何かを感じ取ったようにフィエルは寝ずに犬ゾリを走らせる。パミルに着く頃には犬たちもヘトヘトだった。
 無茶をさせたシリスはさらに料金を多く払う。いつも財布の紐を固く締めているリンファも文句は言わない。
 パミルに到着した時点ですでに周囲は夜闇に染まっていた。夕食は食堂などで取らずにパンと串焼きと果物を買い、それを持ったままで港に走る。港までも数時間かかるところだが、そこまでフィエルが犬ゾリで送ってくれた。
 このような見通しの悪い夜に船を出すなど、普通なら有り得ないだろう。しかし、旅人たちに大恩ある猟師たちは港の中で最も新式の照明付の船を用意してくれた。そのわずかな間に、旅人たちは焚き火で温めた夕食をとる。
「どうにか間に合いそうだね」
 食事を終えたところで、シリスはほっと一息ついた。
「何も問題なければね。パガーラが急用を思い出して帰っているかもしれないし、海で障害になるものが現われるかもしれないわ」
「そりゃあ、何かが現われる可能性はまったくないわけじゃないけどね」
 シリスは苦笑した。こちらに渡るための海上の旅は、海賊に魔物という豪華二本立ての障害が現われたのだ。これ以上何か現われるとしたら、魔族か帝国海兵隊でも現われなければ驚くに値しない。
「何が現われてもやることは同じだよ」
「もっともな話ね。大丈夫、何が現われてもわたしが道を開けさせてあげるから」
 そう、彼女は今まで以上に強力な魔法を手に入れたのだ。
 そのことを思い出して、吟遊詩人は自分が逃したその力が少し怖くなる。力自体もそうだが、その持ち主がリンファだということが。もちろん彼女には全幅の信頼を置いており彼女が力で世界や権力を支配しようとするとは思えなかったが、金やおいしい食事、寝床を支配しようとすることはあるかもしれない。
「準備できたぞー」
 考えても仕方のない思考を、漁師の声がやめさせた。

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