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2010年7月10日 (土)

古に眠る炎竜#61(長編連載小説DB)

 目の前に現われた人物に、リンファは肩をすくめた。それは余りにも予想通りでありながら視界に入れたくない相手だったからだ。
「やはりあなたね。実に下らないわ」
 うんざりした声を、闇の中に薄っすらと浮かび上がる美しい姿が相手と同じような表情で受け止める。
「それはこちらの台詞よ、リンファ。お前は何も生まない、誰にも何ももたらさない。この世にもどの世にも、まったく存在意義のない存在」
 女の身体がぬうっと動く。人間が身じろぎをしたり歩くのとは、まったく異なる動きだった。良く目を凝らしてみれば、女の腰から下が深い緑色の鱗に覆われていることに気がついただろう。光沢のある鱗に覆われた下半身は闇のもっと濃いところへと続いている。
「では、あなたは何を求め、何を狙う? 手にしたところで扱えもしない、壊してしまうだけならば何もしない方が賢明でしょ」
 相手を見上げ、リンファは一人たたずんでいた。
 相手は金銀に輝く王冠に似た帽子の下で、鋭い金色の目を細める。
「手に入れることに意味がある。それに、力はさらなる力を得るための糸口ともなる」
「必要ない力を持って壊したくないものまで壊すのがオチね」
「とことん考えが合わないな。才能は充分だというのに……お前と同じ道を行くことはあるまい。わたしの前から消え失せるがいい」
 脅すように右手を持ち上げると、リンファの前に青白い火花が落ちた。
 それでも、魔女は怯みもしない。すべて、記憶にあった出来事だから、というのもある。
「さようなら、お母さま」
 相手に背中を向けて歩き出す。
 行く手に広がるのはただ、光のない闇のみ。
 それは実際に体験した記憶の中にはない状況ではあったが、リンファは、やはりこれは自分の今までの生きた道のりを表しているのだろうと推測した。
 音もなく光もなく、自分を気に掛ける者などあるはずのない道のり。
 絶対的な孤独と何の目的も目標もない、ただ生きているだけのような日常。何の存在価値もない――そう言われたことは確かに事実なのかもしれないと、考えたことも何度もある。
 だが、何かの弾みでほんのわずかに他人と関わったときにも、人間というのはただ迷惑をかけてくるだけの相手でしかなかった。だから、何もかもが面倒臭くなる。何にも関わりを持ちたくないと思えてしまう。
 それは絶望的と呼んでもよい状況だったかもしれない。しかしわざわざ自ら生を終わらせるほどの動機もなく、それすら面倒にも感じられた。やがては孤独であることに慣れきってしまったというのもあるかもしれない。
 自分の道のりを心の中で振り返っていたリンファは、慣れないことをしている自分に我に返って苦笑する。
 周囲は未だ、ただの闇一色。いくら歩いても進んでいるのかどうかすらわからず、疲労感ばかりが募る。
 それでも彼女は歩みを止めなかった。ただ前方だけを見据えて歩き続ける。
 他に仕方がないという理由もあるが、彼女には見えていたのだ。例え視界には映らなくても、歩き続けていればいずれは光が見えてくるのだと。
 ――この状況が、過去の再現だとするならば。
 長い闇のときを抜ければ、今に続く出口がある。その出口は光と出会うことだ。彼女の運命を大きく変えた光に。
 やがて、彼女の思い描く光は現実となる。
 闇に圧されたように点のごとき小ささだったそれが豆粒大に、そして拳大に――。
 さらに大きくなった光に手をのばしたとき、頭の中に声が聞こえた。
『偉大なる英知と勇気と力を持つ者よ――』
 重々しい、奇妙な響きを備えた声。
『汝に、我が力を授けよう』
 異常とも思える速さで言語が、知識が流れ込んでくる。
 まばゆいほどに視界全体を満たした光が薄れ始めたころには、すべては終わっていた。

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