« 古に眠る炎竜#58(長編連載小説DB) | トップページ | 古に眠る炎竜#60(長編連載小説DB) »

2010年7月 2日 (金)

古に眠る炎竜#59(長編連載小説DB)

 光が薄れ景色がはっきりしてくると同時に、異臭がシリスの鼻腔をついた。
 何かが焦げたような臭いと生臭いようなすえた臭い、鉄に似た血の臭いが混じり合って風に吹かれている。風は強く吹きすさんでマントや髪をなびかせるが、それは臭いを吹き飛ばすどころか、濃厚に運んでくる。
 思わず手で鼻と口を覆い、辺りを見回す。
 黒い地面が広がっていた。焼け焦げた草木や家の破片らしきものも点在しているが、その合間にはより生々しい別のものも見える。何かの肉片や血溜まり、よりはっきりと輪郭を保つ千切れた手足や頭部、胴体。
 剣や槍を握ったままの手、苦悶の表情の顔、雄々しくも壮絶に目を見開いた顔。
 ここは戦場なのだ。遠くにチロチロと燃える紅に妙に霧のような煙がたちこめている景色を目に焼きつけ、シリスは背筋に何か引きつるものを感じる。
 ――ここは初めてじゃない。
 じわじわとこみ上げるように、曖昧な記憶の中から浮き上がってきた景色が、臭いが、音が、今経験しているそれと重なっていく。
 槍を強く握りしめ、見上げたそこには彼の目と同じ色の満月がやけに大きく見える。
「まさか……」
 声を出してみると再び強い臭いに襲われ、むせそうになる。
 すべてが生々しく、夢や幻とは思われない。今までの試練もまたその点では同じだが、記憶にあるものとまったく同じ場面というのが問題だった。
 都合良く、シリスの記憶とまったく同じ戦場を用意することなどできないはずだ。
 ではこの光景は遺跡の力で作られた幻術によるものなのか、あるいは過去なのか――と考えかけて否定する。過去に戻るなどあり得ない。
 それは推理でもありながら、願いでもあったかもしれない。
「た、助けてくれ……」
 どこかから弱々しい声が聞こえ、デジャ・ヴを覚える。
 焦げた木の柱が幾重にも重なった下に、白髪の老人の顔と左手がのぞいていた。どうにか脱出しようと自由な方の手で土を掻くが、その上にのしかかる柱はびくともしない。
 それもまた、記憶の中にあるひとつの場面と酷似していた。そのため、ほんの少しの間だけ反応が遅れる。
「……大丈夫ですか?」
 それでも彼は屈み込み、声をかけた。記憶の中でそうしたように。
 下敷きになった老人を傷つけることのないよう、慎重に柱をどけていく。
 だが、シリスはそれが無駄であることを心のどこかで確信していた。なぜならば、結果は記憶のなかにあるのだから。
 それでも記憶と違う結果が訪れるようにと祈りながら最後の柱を取り除く。
 そこに見えた光景は、記憶と変わりなかった。
 老人の下半身は押しつぶされ、ほとんど血と肉の塊になっている。無事なのは腰から少し上だけだった。
 出血だけですでにほぼ致死量。助からないのは明白で、それでも記憶の中のシリスは治療のために魔法を使った。

|

« 古に眠る炎竜#58(長編連載小説DB) | トップページ | 古に眠る炎竜#60(長編連載小説DB) »

『古に眠る炎竜』4」カテゴリの記事