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2010年7月 1日 (木)

古に眠る炎竜#58(長編連載小説DB)

「しかし、入り口にこぎつけるまでが大変だよ。犬たちにも掘らせようか?」
 フィエルはテントの準備をしながら、侵入の準備を終えた旅人二人に問いかける。
「いいえ、それは問題ないわ」
 言うなり、魔女は呪文を唱え始めた。
 呪文に馴染みのないフィエルはその様子に手を止める。
 やがて、馴染みのない者にとっては異質な力が解放された。
「〈コロナブリッド〉」
 通常より強化されているらしく、無数の火のつぶての嵐が雪山の上に現われて雨あられのごとく降り注ぐ。ジューッという音がうるさいほど重なり、白い蒸気を太い柱のように立ち昇らせた。
「魔法って便利なものだねえ」
 フィエルが感心している間にも蒸気は消えうせ、一部はキラキラと光る細かな氷の粒となって周囲に降り注いだ。
 それらの合間に見えてきた建物は、周囲の景色と変わらぬ白。しかし、錆や傷みのひとつも見当たらない滑らかなそれは、風景には溶け込んでいても建物としては酷く不自然に見える。
 吟遊詩人は槍と竪琴を確かめ帽子を取って、案内人に目を向ける。
「フィエルさん。できるだけ早く帰りますから、ここで待っていてください。でも、万が一……」
 帰って来なかったときは、と続けようとしたことばは遮られる。
「いいや。戻ってくるまでここで待ってるさ」
 万が一の可能性は考えない。それが彼女の決断らしかった。
「できるだけ早く済ますわ」
 リンファはふっと小さく笑ってから建物へと向き直った。大きなかまくらにも見える建物の周囲を歩いて眺めても、どこにも出入り口は見当たらない。
「まさか、破壊しないと入れないなんてことは……」
 シリスが手袋を取り、素手になった方の手をそっと伸ばす。
 その指先が触れるか触れないかの位置まで至った瞬間。
 突如、轟音が鳴り響いた。傷ひとつなかった建物の壁の表面に人一人がくぐることができるほどの大きさの四角い筋が走り、奥へとずれて、内部に飲み込まれていく。
 薄っすらと内部が見えた。外側と変わりない、白く滑らかな壁に囲まれた空間の中央に、祭壇のようなものが見える。
「人肌にでも反応するようになっていたのかもしれない……中は意外に狭いのね」
「最後の試練だから、ここまで来たのなら長い道のりは必要ないということかもしれないね。こちらとしては、その方がありがたい」
 フィエルと犬たちに見送られ、二人は順に入り口から内部へと侵入した。
 魔物も障害物も何もない。ここですることはひとつだけだ。
 部屋の中央、祭壇の上に白い球体が音もなく浮いている。
「絶望に打ち勝つ希望……だったね」
 シリスは思わず唾を飲んだ。
 この状況ではよほどの事故でもない限り、とにかく試練を無事に終えてしまいさえすれば村を救うのにも間に合うに違いない。それだけに試練がとても重いものに感じる。
「ここまで来たんだもの、何も恐れるものはないわ。覚悟はいい?」
 球体を挟んだ向かいから、リンファが目を向ける。その目は自信と希望に満ちあふれていた。
 ――そう、球体は希望だ。村を救うための。
「……ああ、始めようか」
 意を決して、シリスは手を伸ばす。リンファも同時に触れた。
 周囲をまばゆいほどの光が満たしたとき、最後の試練が幕を開けた。

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