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2010年6月30日 (水)

古に眠る炎竜#57(長編連載小説DB)

「こりゃ、なかなかいいペースだ。あんたらツイてるよ」
 言って、案内人は大きな金属製の水筒から注いだ湯を旅人たちに振舞った。
 一方の犬たちも餌を与えられ、尾を振りながら食べていた。
「じゃあ、ねぎらいに一曲披露しようかな」
 湯でのどを潤したシリスは荷物から竪琴を取り出した。ソリの上ではさすがに無理だったが、歌いたくて仕方がなかったのだ。
 披露したのは、呪歌。エルカコムのデポネ族に披露したものと同じ、疲れを和らげる効果のある歌である。
 フィエルはちびちびとカップの湯を飲みながら吟遊詩人の手袋に包まれた手を凝視し、犬たちは食べるのをやめて餌入れの前で座り込んで耳を立てた。
 天が歌声を聴きつけたように雲が割れ淡い空が現われる。さすがに陽の光は射し込まなかったが、充分に周囲は明るくなった。
「すばらしい。奇跡ってものを信じたくなるような歌だよ」
 フィエルが拍手すると、すまし顔のリンファが唇の端をわずかに上げる。
「奇跡のひとつやふたつくらい、何度も起こしてきたもの。これからも起こしに行くんだから、当然よ」
「そりゃそうか!」
 案内人は一本取られたというように自分の頭をポンと叩き、豪快に笑った。
 ここで犬たちは控えと交替になる。天候も上々のまま再度犬ゾリは雪原を滑り出す。
 途中、雪が吹き溜まりになった部分を迂回したり、亀裂を一度止まってソリに載せた板で橋を作ることで乗り切ったりしながらも、旅は順調に進んだ。
 しかしさらに休憩をとって弁当で昼食を取り、また犬たちが交替して走り始めた頃には、上空の雲が厚くなり始めていた。淡い空色はすでに見えなくなっている。
「また吹雪が来そうだね。その前に目的地に着けるといいけど」
「大丈夫さ」
 後ろの声を聞きつけたフィエルが風の音に負けぬよう声を張り上げた。
「今までの貯金があるからね。それに、あんたたちの目的地はそれほど遠くはないよ。ただ、入り口を見つけるのに苦労するかもしれないけど」
「あなたは、遺跡らしきものを見たことがあるの?」
 リンファの問いに、フィエルは振り返らないまま答える。
「いや、遺跡かどうかはわからないよ。でもたぶん、あそこがそうなんだろうって予想はつく場所だ」
 ということは、完全に前人未踏の地だということはないらしい。それでも、フィエルだけが知っているところには違いないだろうが。
「早けりゃ今日中に行ってこれるさ。それっ」
 彼女が手綱を操作して気合の声を上げると、犬たちの脚の動きが少し速くなる。
 少しずつ周囲が暗くなりチラホラと雪が降り始めたころ、天候に不穏なものを感じていた旅人たちの心をフィエルのことばが一変させた。
「ほら、そろそろ見えてきた」
 それに弾かれたように視線を前方に向ける二人だったが、行く手にはただ白くなだらかな稜線が見えるだけだ。今まで目にしてきたものとさして変わりない風景に見える。
 振り返らないままでも、その気配を察したのか。
「ほら、あの丘さ。かなり大きいだろ?」
 言われてみればそれとわかる、周囲よりかなり大きな雪山があった。それでも一見すると他より一際大きいだけの雪山で、ともすれば見過ごしてしまいそうなものだ。
「確かに、距離的にはこの付近のはずね」
 地図を取り出して確かめながら、リンファがほっと息を吐く。
 雪山をそれと見定めたのは、フィエルの長年培った勘もあるだろう。まだそれが正しいとは限らないが、他にあてもない上、シリスらとしては案内人を信じたかった。
「魔力は今のところ感じないわね」
 ソリを止めると、旅人たちが雪原の上に慎重に降りる。雪は太ももの辺りまで積もっていた。

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