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2010年6月29日 (火)

古に眠る炎竜#56(長編連載小説DB)

  第四章 伝説の魔法


 白銀の世界が周囲を取り巻いていた。地平線がぼやけて曖昧なため、まるで大地と空が混じり合っているかのように見える。
 それも立ち止まっていれば少しははっきりと見えたことだろうが、素早く移動する犬ゾリの上からでは曖昧な認識になるのも仕方がないことだろう。防寒具により視界が狭まっているのなら尚更だ。
 それでも視界の悪さは不安にはならなかった。腕のいい案内人と勇敢な犬たちが行く手へと導いてくれる。ソリの上の旅人二人がすべきことは当面、ただ座っていることだけである。
 それも、この極寒の地では容易なことではない。幾重にも厚い防寒具をまとった上からも身を震わせるほどの寒さが侵入してくるし、方向と風向きによっては雪つぶてがわずかにのぞく肌を打ちつけてくる。
 ただでさえ視界が悪いのでせめて前方を確かめていたかったが、シリスは早々にあきらめて顔を下に向けた。
「これは、できるだけ早く目的地に着きたいものだね。歩いてでも、と思っていたけど実際歩いて行くなんて想像するとゾッとするよ」
 厚い布に遮られても吟遊詩人の声は聞き取りやすく、となりには簡単に届いた。
「魔法を使えば楽なものよ。でも、一番の問題は方向感覚だと思うの」
 魔女は今も魔法で吹雪が触れるのを防いでいるらしく、その秀麗な目もとも涼しいまま。
 長く旅をしているシリスとリンファ、二人の旅人も方向感覚には自身がある。しかし、景色にあまり変わりのない雪原の中、それも吹雪の中となれば土地に慣れた者が必要なのは自明の理だ。遭難することはないにしても、限られた時間の中、目的地まで辿り着くのに時間がかかれば目的は達成できない。
 この寒さとはまったく逆の業火の熱に、名もなき村の人々は脅かされている。まだ最悪の事態まで時間はあるだろうが、今も人々は恐怖の中にいるに違いない。
「ともかく、ここまで時間に余裕をもって来れたのは幸いだった。試練も早く終えて、帰りも早く帰れるといいな」
「そうね。パガーラさんの帰宅に間に合うと最高だわ」
 天候がこれ以上悪化しなければそれも有り得るかもしれない。吹雪は小康状態だ。
 目が少し引きつるように痛いことに気がつき、シリスは何度か瞬きする。極寒の地では少しでも水気を含むものを外気に晒しておくと何でも凍ってしまう、と注意されたことがあった。
 できるだけ冷風を受けないようにまぶたの上の布を引っ張ると、視界の端にふさふさした毛が入る。布で胴を覆われた、控えの犬の尾だ。
 犬たちは犬種もバラバラだが良く訓練されているらしく、吠えることも動き回ることもなく大人しく休んでいた。
「温かそうだね」
 そのふさふさの身体に触れてみたくなって、シリスは恐る恐る手を伸ばす。
 訓練されているとはいえ馴染みのない相手だ。噛まれるかもしれないという不安も少しあったものの、犬は抵抗せず頭を撫でられる。厚い手袋を通してではあるが、シリスの手に柔らかな感触が伝わった。
 それがわずかにでもあった警戒心を解いたのか。犬は自ら寄り添ってくる。毛皮に包まれているとはいえ寒いのは犬たちも一緒だ。
 わずかに温かくなったような気がしながら、さらに旅人二人は待ち続けた。寒さや視界も強敵だが道も決して良くはなく、何度かソリが大きく振れて放り出されそうになる。それでもどうにか耐えて、少しずつ吹雪が晴れてきた頃、一度目の休憩を迎えた。

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