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2009年1月28日 (水)

古に眠る炎竜#55(長編連載小説DB)

 一階の食堂で早めに朝食を取った二人の旅人たちは、部屋に荷物を置いたまま、しっかりとコートを着込んで買い物に出た。
 パミルの商店街は小さいものの、店の商品はどこも充実していて、やはりこの町で生きていく上で必要な、防寒性能に重きを置いた商品が多い。
 生活必需品ばかりではなく、町を出て行くことを想定した物も物もある。危険を冒して貿易や漁を行う者たちがいなければ人々の生活は成り立たない。
 シリスとリンファは小物や更なる防寒具をいくつか購入してから、大きめの道具を扱う店に入った。そこで野宿に必要な物をひと通りそろえる。貸し出しで済ませられる物はそれで済ませた。
 購入するつもりはないものの、そこで、シリスは大きなソリに目を留めた。
「荷物用のソリじゃないね。あれ、もしかして犬ゾリかい?」
「ああ、そうだよ。うちでも同じようなのを使うんだ。あんたたちも、あれと同じソリに乗って行くはずさ」
 寒いのに厚手とはいえ半袖ベストの店主が平然と答えるのに、シリスは一瞬だけ驚いた。
 しかし、考えてみれば当然のことである。この町で犬ゾリを扱う店がここだけならば、町の者が扱うソリはほとんどここの店の物、ソリの持ち主は店主の知人となるだろう。そうでなくても小さな町だ。
「動物学者が生態調査やら、あるいは漁でちょっと遠出するくらいのことはあるが、あんたたちは西に遠出するんだろう? 命知らずなことするねえ。そんな風には見えないのに」
 帽子を被り、マフラーなどでだいぶ隠れているとはいえ、彼の目には見たこともないような神秘的な風貌の旅人たちの顔が映っている。
「これでも、いくつも命知らずなことをしてきた歴戦の冒険者なのよ。自分たちで言うと嘘くさいけれどね」
 苦笑しながら、魔女は小さめの道具が入った包みを受け取る。重い道具は上手くロープで梱包し、シリスが背負った。
「ありがとう、また来るよ」
「ああ、ちゃんと帰ってきてくれよ」
 もし全滅すれば、借りた物は戻らなくなる。全額支払って返すときに半額を返すという貸し出し方法なので、それでも店の側に被害は出ないが。
「ちゃんと帰るさ」
 苦笑して店を出た彼の耳に、小さな犬の鳴き声が届く。
 店の脇の隙間から覗くと、降り続く雪の間から小さな小屋と民家、そして屋根付の小屋の中につながれた数十頭の犬たちだった。
「思ったより小さい犬が多いんだね」
「大きな犬は高価なことが多いから、集めるのが大変なんでしょう。わたしたちは動物に好き嫌いがないから、どんな犬でもいいのだけどね」
 動物を北方大陸に比べナーサラ大陸の住人は家畜と暮らす者や狩猟などで動物と暮らす者も多いが、旅人たちの中には、街の出身で動物を嫌う者もいる。動物を狩って食料とするのは問題がなくても、動物と一緒に食事をしたり寝たりするのは考えられないのだという。
 幸い、シリスとリンファは動物などに苦手はなかった。旅人は、食べ物や環境などさまざまなものにこだわりのない者ほど長く続けていることが多い。
「動物は好きだよ。人間は相手によるけどね」
 宿への道を歩くうちに、やがて〈炎竜の暖炉軒〉の前に大きな影が見えてくる。その輪郭がはっきりしてきた頃には小さな鳴き声や鼻息が聞こえてきた。
 毛の長さも色も、大きさも顔形もさまざまな犬が三〇頭余り、店で見たのと同じ形のソリにつながれていた。その横でパイプをくゆらしている大柄な人物は、そばに近づいてやっと女だとわかる。
「やっとお帰りだね。命知らずな旅人さんたち」
「お待たせしてすみません」
「いや、いいんだよ。あたしはフィエル。案内人だ。普段は猟師をやってんだけどね」
 彼女の自己紹介に、シリスとリンファも簡単な自己紹介を返した。
 フィエルはコートについた厚い毛皮の帽子の奥から二人の格好を足もとから頭まで、値踏みするように眺め回した。
「うん、大体いいとこだね。走ってる途中は体感温度はさらに下がるから、とにかく外気に触れる部分を少なくしなきゃ駄目だ。凍傷になるからね」
「心得ておくわ。何か、ほかに注意しておいた方がいいことはある?」
 リンファがフィエルと話している間、シリスは宿の部屋から荷物を運び出した。途中、店主のいる食堂のカウンターにより、出る前に頼んでおいた弁当を受け取る。
「帰ってきたら、ここでまた食べていってくれよ」
 店主の顔は、少し心配そうに見えた。
「ええ、おいしいシチューを用意しておいてください」
 シリスは笑みを残して店を出る。
 丈夫な木枠を組み合わせ板の上に座布団を乗せたソリの上に、十頭近い犬が乗り込んでいた。疲れた犬と替わる交代要員らしい。
 犬たちに囲まれるように荷物を縛り付け、それを背もたれ代わりにシリスとリンファが乗る。
 コートにマフラーをマスクのように口の上まで巻きつけ、ずれないように帽子もロープで押さえつける。目だけがわずかに露出する格好の上に、さらに厚い毛布をかける。
「何だか不格好だな」
「凍死するよりはマシだけどね」
 フィエルは先端に立ち、緩く手綱を握る。一応それで犬たちとつながってはいるものの、犬たちは声で制御されるらしい。
 ソリが走り出すと、しんしんと降りしきる雪が吹き付けてくるように感じる。誰ともすれ違わないままソリはパミルを出た。
 未知への期待と不安を少しだけ心地よく感じながら、シリスはわずかに雲を通り抜けてくる陽を反射して煌めく白い道へと視線を向けた。

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