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2009年1月26日 (月)

古に眠る炎竜#54(長編連載小説DB)

「そうしなければ、大事なものを失うことになるんです」
 彼らの救いの手を待ちわびている人々がいた。救いの手となる手段を得るために、はるばる旅をしてきたのである。
「西に行くなら、案内人を頼まないと無理だ。吹雪の中では方向感覚が狂う。案内人を頼まず行った連中はみんな遭難する。それと、足が必要さ」
「足って言うと……」
 馬も見かけないし、馬では雪に足を取られてなかなか進めないのではないだろうか。
 というシリスの意図を見て取ったか、店主は自慢するように笑みを見せた。
「犬ゾリだよ」
「犬ゾリ……」
 その単語を耳にして、シリスはいつかどこかで聞いた話を思い出す。雪の多い地域では、何頭もの犬にソリを引かせて乗り物にすることがあるという。
 納得すると、さらに頭に浮かぶ光景がある。この街に入るときに門から出て行った大きな影が、犬ゾリだったのだろう。
「明日の朝、犬ゾリ付の案内人を頼んであげよう。今晩は、ここの二階に泊まるといい。安くしておくよ」
 どうやら、単なる親切心で口を挟んだわけではないらしい。商売上手な主人にリンファは舌を巻くが、彼女らとしてもありがたい申し出には違いない。
 湯気を立てる料理が運ばれてくると、ますますその思いは強くなる。味付けはやや濃い目だが、しっかり火の通った羊肉や馴染み深い飲み物は、身体を芯から温めてくれた。
 小さな窓の外では、降りしきる雪が時折吹雪になりながらも、夜が更けるにつれしんしんと静かに降り積もる様相へと落ち着いていった。
 〈炎竜の暖炉軒〉の二階には二つしか部屋がなく、ベッドなどは整えられていたが、しばらく人が泊まったことはないらしかった。宿泊代は破格の値段なのでリンファからも文句は出なかったが、本来は宿としては営業していないのかもしれない。
 それでも、小さな三角形の窓から雪景色が見渡せる部屋は、雪を見慣れない旅行者には魅力的かもしれない。
「それで、どう、新しい歌はできた?」
 ベッドに腰を下ろして本を開きながら、魔女は窓の外を眺める吟遊詩人に問う。
 二人は、部屋が空いていても滅多に個室を取ることはない。旅費の節約のためでも、警戒のためでもある。遠く慣れない土地ではなおのことだった。
 竪琴の弦を控えめに弾き、シリスは苦笑して指に息を吐きかけた。
「こう寒くちゃ、なかなか手も動かないよ。この風景は確かに想像力をかきたてるけどね。まあ、ノースランドを出るまでには一曲は作るさ」
「楽しみにしてるわ。歌になりそうないい思い出を作って出て行けるといいけどね」
「きっとそうなるよ」
 英雄詩は余り歌わないシリスだが、作るとすれば歌の結末は勝利で終わりたいものだった。敗北で終わる歌はあり得ない。それはほとんどの場合、歌い手である彼ら自身の死を意味するのだから。
 リンファはテーブル上に地図を広げ、目的地までの距離や地形を確認する。犬ゾリがどの程度続けて移動できるのかは明日にならなければわからないが、天候次第では片道一日もかからないかもしれない。しかし、詳細な地形はおそらく地元の案内人しかわからないだろう。
「川やら山やらが余りないといいけれどね。雪原での野宿は厳しいというから」
 ある程度の道具は持っているものの、やはり専用の道具は地元で買う方が間違いがないということで、野宿できるほどの装備はまだそろっていない。
「痛い出費だけど、仕方がないわね。命には代えられないもの」
「ああ、考えられるだけの重装備で行こう」
 溜め息交じりの魔女に、シリスは明日の買い物でそろえる物の候補を考えながら少しだけ、豪快に買い物をする楽しみを覚えていた。

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