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2009年1月17日 (土)

古に眠る炎竜#53(長編連載小説DB)

 多くの人々が集まる空間を出ると、一際寒さが身に染みる。小さな集落には店らしきものもなく、早々に北の外れへ足を向けると、チラチラと雪が降り出した。それは北へ行くほど大粒になっているらしく、踏み固められ氷の塊を膝の高さまで積んだ壁の囲む、細めの道の向こうは真っ白に染まっている。
 その光景に、シリスは思わず肩をすくめる。
「まだまだ序の口よ。猛吹雪の中を歩くことになるかもしれないんだから」
「耐えるしかなさそうだね」
 平然としている相棒のことばに溜め息を洩らし、吟遊詩人は道に向かって一歩を踏み出した。
 ノースランドにある港はひとつだけではないが、ほとんどの港周辺は、漁業関係者の小さな集落があるだけだった。人材と物資の多くはパミルに集まる。だいぶ簡単なものではあるが、道ができているのもそれが重要だからであろう。
 皮膚が凍りつくのではないかという寒さに身震いしながら、少しでも気を紛らわせれば寒さが和らぐのではないかと、吟遊詩人は周囲を見渡してみた。
 周囲は一面の雪景色で、淡い影の濃淡だけが世界を形作る。
 ただ、厚い雲を通して差し込んでくるわずかな光に照らされ、空気中の氷の粒や雪の表面がキラキラと輝いて見える。
「神秘的な風景には違いないね」
 この風景を歌にするため、作曲しながら歩いてでもいれば楽しい道中になるかもしれない。彼はそう思いを巡らせる。
 ほかに人の姿はない。数時間も歩いていれば、パミルの街並みが見えてくる。門からは出入りがあるらしく、街の横から大きな影が白んだ中へと溶け込んでいくのが見えた。
 まだ陽が暮れるまではだいぶある。なのに周囲は夕方が過ぎた頃と思えるほど暗く、街の家々も灯をともしていた。
 だが、体内時計のほうは正確に時間を記憶していた。どちらが言い出すともなく、二人は昼食を食べることのできる店を探して歩きいた。
 町の外よりはマシとはいえ、街中の道も寒い。道行く姿は少なく、数少ない通行人もしっかりと上着を着込んでいる。どうやら外食の習慣も余りないようで、旅人たちは食堂を探すのに苦労した。やっと見つけたのは〈地元料理の店・炎竜の暖炉軒〉と看板を掲げた、丸太を組み合わせて積み上げたような建物の店だ。
 中に入ると、名の由来なのであろう暖炉でガンガンに火が焚かれていた。火のそばは暑いくらいで、旅人たちは暖炉から離れた、奥のカウンター近くのテーブルに着く。
「いらっしゃい、旅の人たち」
 少し驚いたような顔をしていた店の主人が、手にしていた酒瓶を棚に置いた。
 二人の旅人のほかに客はない。彼らはテーブルに置かれたメニューを見て、ひとしきり悩む。
「やっぱり、温かいものがいいね」
「それ、いつもと変わりないじゃない」
 リンファにそう言われながらシリスが選んだのは、羊肉入りシチューとココア、焼き立てパンのセットだった。
 リンファは羊肉の辛味香草蒸しとサラダ、チーズ挟みパンとハーブティーを注文する。どの地域、どの店に来てもそれぞれの好みは出るもので、シリスには、リンファの注文もいつもとそれほど変わりないものに思える。
 数少ない客ゆえか、張り切って店の主人が料理を作り始めると同時に、シリスはテーブルの上に地図を広げた。地図の上部、オカラシア大陸北東の北に浮かぶノースランドの中央より西に、赤い点が書き足されている。
「さすがに、この周辺は町もないみたいだね。ほとんど未踏領域みたいなものだとか」
「歩いていくとしたら、重装備が必要かもしれないわね」
 溜め息交じりの美女のことばを、飲み物を先に盆に載せてきた店主が聞き咎める。
「まさか、西に向かうつもりじゃないだろうね?」
 西が人の住める場所ではないことからしても、それがどれだけ無謀なことなのかは想像がつく。しかし、シリスとリンファには、どうしても行かなければいけない理由がある。

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