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2008年12月29日 (月)

古に眠る炎竜#50(長編連載小説DB)

 海賊の男は、名をボンスと名のった。エーゼルは海賊仲間が漂流しているのを見かけたら助ける代わりに第四鳳凰丸の安全を約束させたが、海賊の人数は数十人に登り、人数を頼みに襲い掛かられたら約束も何もないであろう。
 それでも、自分にとっても救いの手である漁船を沈めることまではしまい。船長はそう考えることにしたようだった。
「でも、あんまり一気に人数は乗せられないぜ。そうなったら、順に誰を乗せて往復するかはこちらで決めさせてもらう」
「俺はそれでかまわないが……」
 ボンスは自信がない様子で言う。彼は海賊の中でも下っ端の方であり、力の強い者が別の判断を下せば海賊たちの多くはそれに従うという。
 それはそれで仕方がない、と船長は肩をすくめた。
 少しずつ、何かがきしむような音とうめき声のようなものが大きくなってくる。第四鳳凰丸は白く大きな氷山を迂回し、裏側へと船首を向けた。
 海面に木の板の残骸が広がっている。もはやすべてが塵となって消えたかと思われたか、海賊の男は表情を曇らせたが、やがて船が現われるとほっと息を吐く。
 船は一応原型を留めていた。マストは折れ、櫂も何本も折れてあるいは失われ、あちこちに穴は空いているが、浮くことはできているらしい。
 漁船に比べかなりの大型船だ。大砲が左右側面から突き出し、折れたマストにからみついたロープに辛うじて引っかかっている旗には、黒地に赤い文字で奇妙な模様が描いてある。
 甲板の上に転がって呻いている姿が見えた。その中でもいくらか元気な者が、驚いたように顔を向け、すがるような目で漁船を見る。
 大蛇の姿はどこにもなかった。
「まだ近くにいるかもしれねえ。俺が海に投げ出される前には、長い胴体で船を締め上げていやがった。きっと船を沈めるつもりなんだ」
「確かに、そうかもしれないわね」
 リンファが海面に鋭い視線を送る。巨大な影が船の下を悠々と泳ぎ回っているのが見えた。それに気がついた船乗りたちは表情に恐怖の色をはしらせる。
 影の見た目だけでも、幅は大人の男十人分以上、長さは数十人乗りの海賊船の五倍はあった。それほどまでに巨大なものに襲い掛かられては、小さな漁船などひとたまりもないだろう。
 リンファは漁船の周囲に防御結界を張った。結界ごと持ち上げられれば大した意味はないだろうが、乗員の精神的な安定に配慮したためだった。
 しかし、相手は最初から小さな船には興味がないのか、それともまずは大きなものを片付けようというのか。
 水柱が上がった。海賊船の向こう側に、つやのある白銀の皮膚をもつ大蛇が頭をもたげた。その顔はコブラにも竜にも似ていて、古代の魔術師の書物には竜の亜族として記載されていることも多い。
「船長、船をもっと近づけて」
 魔女のこの注文にエーゼルとボンスはギョッとしたような顔をするが、結局無言で言われた通りにする。
「あれが本当にシーサーペントなら、魔法はほとんど受け付けないはずだけど……」
 そう言って呪文を唱えると、魔女は、鋭い目で獲物を見渡す大蛇を指さした。
「〈フレアブラスト〉」
 細い指の先から赤い光線がのび、大蛇の胴体をつらぬいた。獣のような唸りを上げて仰け反る魔物の一点から、炎が噴き上がって爆発を起こす。
 だが、それは表面に薄く黒い焦げを残しただけだ。
「まったく通じないわけじゃなさそうね」
 肩をすくめる横で、使う機会は無さそうだと思いながらシリスが槍を手にしている。
「シーサーペントの下等種かもしれない。弱点は雷電属性の魔法だったよね。でも、この状況では……」
「周囲を巻き込みかねないわね」
 攻撃を受けたにもかかわらず、大蛇は漁船ではなく海賊船に顔を向けたままだ。大きく牙の生えた口を開き、覗き込むように甲板に近づく。海賊たちが逃げ出そうと動き出すと、それを合図にしたように勢い良く顔を乗り出していく。
「〈エアボミング〉」
 シリスが爆風を放つ。攻撃ではなく、海賊たちが逃げる時間を稼ぐための一撃だ。
「〈ヘイルストーム〉」
 続いて、リンファが無数の氷の矢を放った。シーサーペントの胴体が突き出た周囲の水面へ向けたものだ。
 氷の矢はまとった冷気で水面を凍りつかせる。少しでも動きを遅らせようという魂胆なのだろう。
 海賊たちは魔法の効果もあって、無事に船室に逃げ入ったようだった。
 しかし、船ごと沈められれば終わりである。真の戦いはこれからだ。
 シーサーペントもまた、標的を改めたようだった。鋭い目が小さな漁船に向けられる。エーゼルと海賊が首をすくめる。
「〈マナウォール〉」
 少し長めに呪文を唱えていたシリスが、海賊船と漁船の両方を包み込む。
「〈ライトニング〉」
 待ちわびたようにリンファが電撃の矢を放った。シーサーペントの弱点とされる属性の魔法だ。
 青白い光の矢が火花を散らしながら滑らかな皮膚にぶつかると弾け、表面に無数の舌を這わせた。シーサーペントは唸りを上げて頭を振るが、電撃が消えると頭を海面に突っ込み、再び持ち上げる。
「亜種である分、弱点も薄くなっているみたいね。もっと強力な雷電属性の魔法でないと……」
 リンファが分析している間に、狙いを定めるように漁船を見下ろしたシーサーペントが閉じていた口を開いた。途端に感じる嫌な予感に、シリスは魔法の準備のために精神を研ぎ澄ます。

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