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2008年12月23日 (火)

古に眠る炎竜#49(長編連載小説DB)

 氷山がだいぶ大きく見えてきた頃、ようやく男が目を開けた。
「あ、気がつきましたか? 船の上です。もう大丈夫ですよ」
 シリスが覗き込んで言うのを茶色の目で見上げ、何度か瞬きをしたあと、男は自分の胸もとに手を入れた。財布のような大事な何かを落としていないか確かめているのだろうと思っていた吟遊詩人の前に、煌くものが突き出される。
 刃の広く短かめな曲刀、カットラスだ。南方大陸でも船乗りが良く護身用に身に着けている。
 男の服の内側で鞘から抜き放たれたのであろう刃が目の前に迫る光景に、シリスは反射的に身を引いて横にかわす。
 男はカットラスを突き出しながら上体を起こし、さらに刃を相手に近づける。
「船をよこせ! さもないと……」
 声はかすれていたが、そのために余計にドスが利いていた。脅し慣れているらしい雰囲気がある。
 操舵室で驚くエーゼルと間を置く二人の旅人を前に、男は少し頼りない足取りで立ち上がりながら、値踏みするように異様な風体の旅人たちを見た。
「変わった連中だ……大人しく言うことを聞けば悪いようにはしねえ。船長、船を北に向けろ!」
「いや、すでに北には向かってるが……」
 不可解そうに船長が返すと、男は目をみはる。
「北に向かうとは奇怪な連中だな。相当命知らずらしい」
「ノースランドに用事があるんだ」
 相手が向けたままの凶器から目を逸らさないまま、シリスが応じる。
「悪いが、寄り道してもらう。あんたたちの目的は残念ながらあきらめてもらうことになるなあ」
「そういうわけには……」
 シリスが言いかけるなり、男が動いた。人質にしようという目算なのか、カットラスの刃が向けられる相手は吟遊詩人ではなく、そのとなりにたたずむ魔女だ。
 魔女は後ろに身を引いた。それほど急いだ動作ではなく、優雅、とすら形容できるほど余裕のある速さだった。
 刃がその肌に迫る前に彼女が他にしたことは、ひと言、口に出しただけだった。
「〈ボムフィスト〉」
 本来は前方へ空気の塊を飛ばす魔法だが、熟練の魔術師は呪文無しでも簡単な魔法効果の改変はできる。男のカットラスを握る手が、上から弾かれる。
 落下したカットラスをシリスが踏みつけ、逆の足で男の足を払って転倒させた。
「あなた……海賊ね」
 リンファがそう断定する。
 武器を失った男は目をむいて旅人たちを見上げた。その表情は信じられないものを見た、という心情を如実に語っている。
 男の目から戦意が失せた。しかし、強い意志の色が失せたわけではない。
 彼は勢い良く両膝を曲げて座り込むと、まだ仕掛けてくるかと警戒したシリスらを一度見上げ、頭を地面につけた。
 土下座の格好だった。意外な光景に驚く旅人たちに、海賊は顔を上げないままで声を張り上げた。
「頼む、仲間の船を助けてくれ! 今の、魔法だろう? ってことは、あんたたちは南の大陸の冒険者ってヤツだろ? あの魔物には魔法でもなけりゃ歯が立たねえ!」
「魔物……?」
 オカラシア大陸にも、まったく魔法文明時代の遺跡がないわけでも、魔物が存在しないわけでもない。しかし、魔物が人や船を襲うというのはこの辺りではそうそうないはずだ。
「まさか、噂のあれかい?」
 操舵室からエーゼルが顔を出す。
「伝説じゃ、ノースランドの氷の下を住処にしている大蛇がいるとされてる。単なる迷信だと言うヤツもいるが、船の下を巨大な影が通ったとか、とんでもねえ大きさの尾っぽが見えたとかいう連中もいてな」
「それが、本当にいやがった。この船よりずっとでけえ海蛇だ」
「シーサーペントかしら……」
 かつて古い書物で見かけた魔物の記述を思い出し、リンファは溜め息を洩らした。もしシーサーペントであれば、その鱗は特定の魔法以外はすべて弾くのだ。
 海賊は顔を上げ、ある一点を指さした。
「このまま行けばどうにしろ素通りとは行かなくなるぜ。何せ、まだあの裏にいるはずだからな」
 彼の指先が示す氷山はもう、視界の三分の一を埋めるのではないかというほど近くに迫ってきていた。

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