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2008年12月18日 (木)

古に眠る炎竜#47(長編連載小説DB)

 北方大陸とノースランドの間にあるフリーズ・シーは、北に近づくにつれ流氷に覆われ、気温も下がっていく。いざ出航というときにはエーゼルも上着を着込んでいた。それでも、南方からの旅人たちに比べれば、ずいぶんと薄手の物だが。
 船は最大四人乗りの漁船で、かまで火を焚き、その熱と蒸気で動くものだ。最新の船は古代の科学文明の設計図を元にしたエンジンを搭載したもので速くて静かだが、この辺りでは見かけない。最新型は値が張るのもあるが、火を使った方が暖をとることもできて一石二鳥だからだろう。
 船の名は〈第四鳳凰丸〉といった。漁船らしく、飾り気のない名前である。
「海賊ってのは大体、出航して間もない頃に出るんだ。あいつらも、できるだけ寒いのは避けたいらしい」
 船尾の方にいる旅人たちに、操舵室から船主が声をかけた。
「だから、とっとと寒い辺りまで進めばいいって話だ。ちょっと荒い操縦になるから、しっかりつかまっててくれよ。それと、かまどの方は頼む」
「ああ、常に赤くなっていればいいんだよね」
 かまどの蓋に、温度を表わしているらしい横棒状のメモリがあった。それは火を焚く前は青かったが、今は赤く染まり横にのびている。
 シリスはそばに用意してある柄の短いスコップを手に確かめた。燃料となる石炭も箱に入れられている。
 すでに火は勢い良く焚かれ、蓋も触れられないほど熱くなっていた。それを原動力に、カンドリアを出た船は鈍い群青色の冷たい海を北上していく。陽は出ていないが風がそれほど強くないのが救いだった。
 シリスは火の様子を眺めながら、できるだけ冷たい風を肌に受けないようにしようと帽子を被って襟を立てた。リンファは魔法で風を遮っているのか、涼しい――もとい、温かそうな顔をしている。
「あなたにも掛けてあげてもいいわよ」
「いいよ。寒いのも暑いのも旅の醍醐味なんだし」
「旅先でも、できるだけ快適にありたいと思うのが人情だと思うの。本当に旅先の気候も感じたいのだったら、そのコートも脱げばいいじゃない」
 リンファが遠慮するシリスに近づき、コートの襟元に手をかける。シリスは逃げるように後ずさりして、背中が船の縁に当たると、絶望したように首を振った。
「いやいや、いくら旅の醍醐味を楽しむにしても、命がなければどうしようもないわけで……最低限の生命維持は必要だと思います勘弁してください」
「冗談よ。生命維持のためなら、こんなところで少しでも体力を失うのは馬鹿馬鹿しいじゃない。これから先もっと寒くなるんだし、それに……他の障害も現われるかもしれないし」
 彼女の言うことは理解できた。場合によっては海賊と戦うことになるのだ。寒さで体力を失ったり、手足の感覚を鈍らせることがあればいらぬ危険を呼ぶことになるかもしれない。
 シリスは確かめるように、手袋に覆われた両手を握っては開いた。
「まだそこまで寒くはないよ。それに、必ず海賊が出るとも限らないし」
 いつの間にか、後ろで漁港が判別不能なほど小さくなっている。この分なら、それほど時間もかからず海賊の出るという海域は抜けるだろう。
 それに、いつも問題が起きる前に感じる嫌な予感はしない。そのため、彼は少し気楽に考えていた。
 リンファは少しあきれたように肩を落とす。
「危険なんて、いつ現われてもおかしくないものよ。油断すれば喰われるのが世界のあらゆる生き物のさだめ」
「リンファは悲観的なんじゃないのかい」
 淡々と言う魔女とかまどのメモリを交互に眺めながら、シリスは竪琴を抱え込んだ。歌うことで寒さと退屈をやり過ごすつもりなのだろう。
「他に船は見当たらないし、大丈夫さ」
「だといいけど」
 吟遊詩人は竪琴の弦に手を伸ばし、その手の指を動かし始める前にふと、船の前方に目を向けた。波は穏やかで水平線まで障害物はないが、水平線の向こうに切り立った白い山や、白く横たわるような島が薄っすらと見えてきていた。雪が吹雪いているのか、周囲の空は白く濁り、その上には厚い雲が覆いかぶさっている。
 見るからに寒そうな光景に、彼は再び、できるだけ隙間がないようにとコートの感触を確かめた。
「あの氷山を過ぎれば間もなく、海賊も追ってこない海域だな」
 エーゼルがさらに船の速度を上げる。
 いつの間にか火が小さくなっていたらしい。シリスはかまどのメモリがもうすぐ青に変わりそうなところまで下がっていることに気がつき、専用の耐熱手袋を片手にはめて蓋を開け、スコップで石炭を入れた。火の粉が舞い、熱風が吹きつける。
 蓋を閉めると、ふう、と止めていた息をついだ。

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