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2008年12月13日 (土)

古に眠る炎竜#45(長編連載小説DB)

 二人がことばを交わす間に、料理が運ばれてくる。香ばしい匂いが湯気を立てる料理から漂ってくる。
「いただきます」
 シリスはキノコのように底の深い皿の上を覆うパイにフォークを入れた。蒸した小魚と鶏肉、目に鮮やかな野菜が一口大に切られて詰まっている。肉汁がそれらを浸していた。一口食べると、肉汁の旨みとほのかな調味料の塩気が舌の上に広がる。
 どうやら、ここでは地元の味を注文して正解だったらしい。
「おいしい」
 素直にそう感想を述べるのを、近くのテーブルを拭いていた女主人が聞いていた。
「お口に合って良かったわ、旅人さん」
 あきらかに遠方からの客なので、内心心配していたのかもしれない。白いエプロン姿の赤毛の女主人は、詰めていた息を吐くようにして言った。
「あなた、吟遊詩人でしょう? あとで一曲お願いできないかしら。この大陸じゃあ、吟遊詩人に会う、なんてまずないことでしょう?」
 オカラシア大陸には冒険者と呼ばれる者も、あてのない旅をして暮らす者もごくわずかしかいない。吟遊詩人という職業も滅多に聞かないものだ。
 この大陸の一般の人々がそれを専門にする者の歌を聞こうと思えば、大抵、コンサートや何かの行事でなければならない。
 それはシリスには、とても不幸なことに思えた。
「もちろん、何曲でも歌いますよ」
「ありがとう。その分お代は安くしておくからね」
 嬉しそうな笑顔を見ながら、シリスはさらに、遠い異国でも人の情は変わらないものだと実感していた。
 食事のあと、シリスはいくつか歌を披露して食堂の席の半分近くを埋めた客人たちに喝采を得た。それでも長々と解放されないということはなく、長旅で疲れているだろうと考えた女主人の配慮で、早めに床につくことができた。
 朝食は、シャワーの後でまた、食堂で顔を合わせてとる。
「まずは、道具の準備を手早く済ませましょう。船の方はどれくらいかかるかもわからないし」
「天気もいいと嬉しいな」
「海賊も休んでいると嬉しいわ。……もし出港する船が見つからなかったら、船そのものだけ借りて出発することになるでしょうね」
 じゃがいものミルク煮を口に運びながら、魔女は疲れたように溜め息を洩らした。
 昨夜、彼女はただシリスの歌を訊いていたわけではない。他の客たちからそれとなく情報を集めていた。
 どの客も、ノースランドとの荷物のやり取りは止まっている、船は昨日も出なかった、もう一週間以上出てないのではないか、という、嬉しくないことばかりを教えてくれた。
 それでも、ノースランドに行かないわけにはいかない。
 女主人に安い防寒具の店を教えてもらうと、二人は〈宿・カンドリアパイポ〉を出て商店街の衣料店や雑貨、各種道具を専門的に取り扱う店が並ぶ一角に向かう。人の姿が多く二人の旅人は注目を集めるが、彼らにとっては慣れきったことだ。
 朝方なので光はともっていないが、通りの脇には街灯が並ぶ。家々もどこか整然としていて、二階建て、あるいはそれ以上の建物も多い。南方大陸では見ない光景を見回しながら、二人は目的の店を見つけた。
 一階が店、二階が居住区になっているらしい二階建ての店だった。防寒具専門で、安い方の店だと言うがやはり普通の衣服に比べて高価だった。
 ノースランドを離れる際には手放す予定なので、デザインなどより実用性を重視して捜すものの、やはり実用性の高い物も高価だ。
「わたしは魔法で過ごそうかしら」
 お金を使うことに抵抗の強い性格の魔女は、溜め息交じりに値札を見下ろす。
「ずっと魔法を使い続けるのも疲れるよ。野宿なんてことになったらますます……テントもいつもより大きいのが必要かもね」
 とは言うものの、持ち合わせは充分とはいえ、シリスもコートの値段の高さには辟易していた。
「よほど寒いところに行くんですね……ノースランドには渡れませんよ」
 口を挟んできた店主のことばに、吟遊詩人は苦笑せざるを得なかった。

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