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2006年11月18日 (土)

古に眠る炎竜#39(長編連載小説DB)

 砂嵐の接近の余波で、布が大きくはためく。それを強く押さえつけながら、二人の旅人たちは、しっかり見届けようと、デポネ族の儀式に目を凝らす。
 砂嵐が作り出すのとは別の、ゆるやかな風の流れが、精霊術師たちの周囲にできていた。それは徐々に大きな竜巻のような、空高く舞う壁となる。
 精霊術師の頭に乗った動物たちも立ち上がり、それぞれに雄叫びを上げる。見上げる先には、半透明な、蒼白い怪鳥が翼を広げていた。風神シュトライトの使いとされる、精霊フェルザームだ。
 動物たちに答えるように高く澄んだ鳴き声を上げ、精霊は力を解放する。
 間もなく、押し潰そうとするかのように迫っていた砂嵐が周囲を取り込んだ。風が荒れ狂う轟音に、赤黒い砂が孤を描く凄惨な光景に包まれるが、内側にいる者たちは、ただ、そよ風だけを感じる。
 やがて、砂嵐が背後へ去っていくとデポネ族の術師たちはかまえを解き、慣れた様子で深く一礼する。彼らに見送られ、召喚された精霊は精霊界へと還っていった。
「鮮やかだね」
 フェルザームが消えるのを見届けて、シリスは感嘆する。
 精霊術師が精霊界から召喚することができるのは、風の精霊だけではない。炎の必要な夜は小さな火をもとに火の精霊を召喚し、水が必要なときにはわずかな水から雨を降らせる精霊を召喚し、越えられそうにない砂の山があれば地の精霊に潰してもらう――人工の建造物などない、過酷なエルカコムの砂漠を住処とする者たちにとって、精霊魔法は生きるのに欠かせない道具らしかった。
 人々も、砂嵐がはるか後方へ消えるのを見送ると、緊張していた表情を緩める。
 もう砂嵐の影響は去ったと判断したのか、ヴァリドが皆を振り返って一言声を掛けると、整然と並んでいた術師たちが思い思いに談笑を交わしながら、それぞれの持ち場に戻っていく。
 砂嵐によって地形が変わり、地面がえぐれていた。少し前より低くなった行く手へ、ラクダに引かれた荷台は、再び進み始める。
 水で喉を潤し、魔法を使った疲れを癒そうとする子どもたちに、シリスはせめてものねぎらいとして、癒しの力があるという呪歌を奏で、歌った

 その翼は心の風
 その瞳は心の水
 純白の時が頬を撫で
 小鳥のさえずりが耳を癒す

 生命の杯は今満ちたり
 等しき安らぎが旅人たちを包む
 あたたかな光の中で目を閉じて
 静かなる闇に浸されよう
 再び光に目覚めるまで……

 それを子守り歌に、寝息をたて始める幼子どもの姿もあった。だが、中には、必死に眠い目を擦り、起きていようとする少年少女もいる。間もなく、その歌声を聞くことができなくなるのを知っているからだ。
 やがて、周囲の風景は変化していく。砂色の中に緑色が増え、間もなく、砂漠と草原の境目が見えてくる。東には、ジャングルを構成する緑の塊が横たわる。
「着いたぞ」
 ヴァリドの短い声に応え、名残惜しそうな子どもたちに手を振って、旅人たちは草の生えた地面に降り立った。
「ありがとう。助かったよ。できれば、何かお礼をしたいところだけど……」
 何か、少しでも礼になるような持ち物はなかったか、シリスが自分の懐を探ろうとすると、ラクダの上で、貿易商は首を振る。
「歩きながら、お前の歌を聞いていた。それで充分だ。芸術に大金を積む者がいるのもわかる歌だ」
 真っ向から褒められると、吟遊詩人は照れたように頬を染めてほほ笑む。
「それに、デポネ族の古くからの決まりに『砂漠で出会った旅人には親切にしないと不吉なことが起きる』とある。オレたちは、自分たちの決まりを守っただけだ」
 彼のことばに、彼とラクダを並べたほかのデポネ族の大人たちも、静かにうなずいていた。
「旅の無事を祈る」
 独特の形に指を組んで胸に当て、彼らは祈りとともに、二人の旅人たちを送り出した。

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