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2006年11月16日 (木)

古に眠る炎竜#38(長編連載小説DB)

「砂漠の終わりまでなら、乗せて行ける。歩くよりは速いし、水と食糧はたくさんある」
「送っていってもらえるなら、ありがたいわ」
 それが自然なことのように申し出る男に、旅人たちは、感謝のほほ笑みを浮かべてうなずいた。
 男も、日に焼けた顔に浮かぶ表情を、わずかにほころばせる。
「オレはヴァリド。デポネ族の貿易商だ。よろしく」
 間もなく、晴れ渡った砂漠を行くデポネ族、総勢五三人の中に、吟遊詩人と女魔術師の姿が加わった。
 二人は、ラクダたちが引く、大きな荷台に乗せられる。荷台の上には布がかけられ、その下に、子どもたちや年寄りが座っていた。彼らの多くも頭に動物を乗せているが、余りに幼い子どもの頭上にはない。
「あれって、どういう意味があるんだろう?」
 遠巻きに、興味と恐れを顔に出してこちらを眺める子どもたちに目をやり、シリスが首をかしげた。
 その横から、リンファが身を乗り出す。
 彼女の口から出たのは、共通語とは違う響きを持つことばだ。それはヴァリドたちが話していたものと似ていた。
 驚くシリスをよそに、ことばが通じることで少し安心したのか、子どもたちの中で年長の少年が、何かを答えた。
「あれは、古来より伝わる精霊魔法の助けとなる使役獣だそうよ。一族の者は、必ず自分を選んだ獣と契約するの。精霊魔法はエルカコムじゃ主流だし、獣使いも何度か見たけれど、両方兼ねているのは珍しいわね」
「リンファ、デポネ族のことばを話せたのかい?」
「ええ。何度か商談の相手になったことがあって、覚えたの。片言だけれどね」
 ラクダに引かれ、荷台は北へと向かっていく。陽射しが遮られているとはいえ、暑さは無情に布の下にも入り込んでくる。
 荷台の後ろのほうには栓がされた壺がいくつも並び、時折、のどの渇きを覚えた者が手を伸ばして、大事そうに水をすくって飲んでいた。
 しばらくすると慣れてきたのか、子どもたちは少しずつ、見慣れぬ二人の同行者に近づき始める。
 やがて、勇気を出して近くに座った、頭に小さな砂漠猫の一種をのせた少女が、吟遊詩人が抱えた物を珍しそうに見上げた。
「触ってみるかい?」
 シリスがそっと竪琴を差し出してみると、少女は少し驚いてから、指を伸ばし、弦を弾いてみる。ポロン、と優しい音色が響いた。
 その音が気に入ったのか、彼女はほほ笑み、何度も、色々な弦を弾いた。聞きなれない音に、ほかの子どもたちも興味津々でのぞき込んで来る。
 やがて、弦をいじるのにも飽きたのか、少女は同行者を見上げて何かを問いかける。
「この楽器で、何か音楽は弾けないのかって訊いているの」
 いつになく柔らかなほほ笑みを浮かべて魔女が訳すと、それに応えて、シリスは楽器を抱えなおした。
 じっと見守る子どもたちの前で、優しい音色の連なりが熱い空気を震わせ、緩やかな旋律を歌声が追いかけ始める。

 鳥は皆 はばたき
 人は皆 旅立つ
 あの大空と大地の狭間には
 何かが待っている

 雲は風に 流れ
 人は皆 夢見る
 この光と影をさまよいながら
 故郷の景色を

 通り過ぎる人と街 止まらぬ時
 いつでも心に刻まれてく 温もり抱いて

 冷たい風吹きすさぶ道も
 燃えさかる炎の中も
 ただ あの地平線の彼方に辿り着く日まで
 歩き続けるだけ
 旅を続けるだけ

 シリスはデポネ語の歌を知らないので、『風の導』という、お気に入りの曲を歌った。フェンネルという有名な吟遊詩人が作った、旅人が旅をしながら口ずさむことも多い、旅情を感じる曲である。
 歌詞の意味が通じないことは大した問題にはならず、どこか懐かしいメロディーに聞きほれていた子どもたちは、手を叩いて喜んだ。さらに、少女やその周囲にいる子どもたちも、もっと色々な曲が聞きたいとせがむ。
 二、三曲歌ったあと、シリスはのどの渇きを覚え、水筒から水を含んだ。すると、喉にざらつく感触があるのに気がつく。空気が、だいぶ砂を含んでいるらしい。
 極小さな、地鳴りのような音がしていた。歌が途切れると、子どもたちもそれに気がつき、不安げに何かをささやき交わす。
 上に掛けられた布が、風に揺らめいた。重石代わりになっている、端に座る子どもが、慌てて座りなおした。
「もしかして……」
 リンファが、布の端を少し持ち上げ、のぞいて見た。
 行く手の稜線に横たわるのは、灰色のもやだった。空と地平線の境目を曖昧にするそれは、左右に、終わりが見えないくらいに続いていた。
 ラクダたちの歩みを緩やかにしていた布の外の大人たちが、ついに全体の動きを止める。
 ヴァリドが、懐から細い植物の茎から作られた笛を取り出し、吹いた。よく通る高い音が長く響く。
「警告かしら……砂嵐の」
「こっちに向かってくる……みたいだね」
 リンファの横に顔を出したシリスが、大きくなってくる灰色の壁を視界に捉え、眉をひそめる。
 すると、その横を、いくつかの気配が通り過ぎた。
 吟遊詩人が見上げると、子どもたちが立ち上がり、次々と荷台を降りていた。
 よほど幼い子どもはともかく、皆の顔に、恐れの色はない。これも、よくある日常の一部なのだろう。
 子どもたちは、大人たちと一緒に列を作ると、轟々という音が大きくなってくる方向に向けて両手を突き出す。
「きっと、精霊術で防御するつもりなんでしょうね。砂漠には、自然を操ることで危機を回避する部族がいる、と、何かの本で読んだ覚えがあるの」
 リンファの推理を証明するように、ヴァリドの指揮のもと、デポネ族の精霊術師たちは、一斉に呪文を唱え始める。

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