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2006年10月12日 (木)

古に眠る炎竜#37(長編連載小説DB)

「……何だか、ひどく、時間がゆっくり進んでいるように感じられた試練だったわ」
 青い球体を前に、しばらくして、ようやくリンファが、溜め息交じりに言った。
「ああ。確かに、忍耐力を試されているみたいだったな」
 見慣れた姿を前に安堵しながら、シリスも同意する。
 試練としては、合格だろう。確信はないが、二人とも、何となくそう感じる。
 そう長い時間を待つまでもなく、試練を終えた二人の前に、変化が訪れた。地図が浮き出た青い球体上に、光の線が伸びる。
 光が指し示すのは、はるか北だった。
「これは……ノースランドの、パミルの西あたりね……」
「遠過ぎるよ……」
 ノースランドは、オカラシア大陸のさらに北のフリーズ・シーに浮かぶ、極寒の島である。そこに辿り着くまでが、まさに試練そのものだ。
 その上、ナーサラ大陸南部のエルカコムから一ヶ月以内に行って戻ってくるには、絶望的に遠過ぎた。
 それでも、すぐにはあきらめきれない。
「ワープゲートや転移陣を使わせてもらえれば、何とかならないかな。さすがに、ノースランド直通のはないだろうけど」
 超魔法文明や超科学文明の遺産には、一瞬にして長い距離を移動する装置や魔方陣がある。その中で発掘されたものには、現代でも同じように動くものもある。
「事情を話せば優先的に使わせてもらえるかもしれないけれど、一番近い転移陣まででもだいぶ時間はかかるわよ。それより、カールスメアに、移動の当てがあるの」
「船で行くにしても、だいぶ時間がかかるんじゃないか? 乗り継がないといけないだろうし」
「船は船でも……まあ、とにかくここを出ましょう」
 ことばを濁すリンファの様子を不審に思いながらも、シリスは大人しく、歩き出す彼女のあとを追った。
 試練を終えたあとの脱出口までは、一本道だ。砂丘の下から砂をかき分け、もとの砂漠に出る。
 暗い地下から強い陽射しの下に出ると、しばらくは目がくらむ。目が慣れるのを待つ間にも、暑さは容赦しない。
「まず、この砂漠を出るだけでも大仕事だわ。北に抜けられれば楽なんだけど」
 のどの渇きを思い出したのか、リンファは水筒の水を、さも美味しそうに飲んだ。
 シリスはマントの砂を払い落としながら、陽炎の立ち昇る地平線を見渡す。青空を背景に広がる色は、どこも黄土色だ。
 だが、その色にも、濃淡が生まれている箇所があった。暑さのせいではなく、確かに、何かが動いていると見える。
「あれは……ラクダかい?」
 徐々に大きくなってくるその姿は、馬のようにも見えた。だが、色は砂漠に溶け込んでしまいそうなほど淡く、荷物を背負っているようにも見える。
「誰かいるのかしら……考えてみれば、エルカコムにも多くの部族がいるのだもの。せめて、友好的な部族であることを祈りましょう」
「ドガー族じゃないといいね……」
 暗殺者として名高い一族の名を口にしながら、シリスは緋色の目を、大きくなってくる姿に向けた。
 ゆっくりと近づいて来るのは、何頭かのラクダと、人間らしい姿、ラクダに引かれた荷台のようなものだ。ラクダの乗っている者、歩いている者――そして、だいぶ近づくと、荷台の上にも人の姿が見える。どうやら、大所帯らしい。
 細い蔦を編んでつくった長方形の布に、頭を出す穴を開けて被り、腰紐で止めただけの土色の服を着た、浅黒い肌の男に女、子どもたち。
 間もなく、シリスとリンファの前で足を止めた一団は、奇異の目で砂漠の真ん中に立ち尽くす美しい姿を見つめていた。
「こんなところに、女神さまか。遭難したとも思えないし、どこかに行くのか?」
 砂漠に生きる部族の中には、独自の言語を話す者も少なくないが、最初に話しかけてきた黒髭の男は、流暢なことばでそう問いかけてきた。
「いや、まあ……用事が済んだから、北に抜けるか、一旦戻ってラクダを借りるか、迷っていたところなんだ」
 できるだけ、視線を相手の目に合わせるようにしながら、シリスは答える。気を抜くと、相手が向けているのと同じような、好奇心に満ちた目を、もっと上に向けてしまいそうだった。
 現われた一団は、皆、頭の上に小さな動物を乗せていた。動物は、鳥から身体の短い蛇の一種、ヤマネコに似た可愛らしい小動物など、さまざまである。
 男は、ターバンを巻いた頭の上に、赤毛の小さな虎のような動物を乗せている。
「北か……」
 男はほかの大人たちを振り向いて、部族のことばで何かを尋ねた。旅慣れたシリスも聞いたことのないことばだが、おそらく、この二人をどうしようか、という趣旨であろうことはわかる。
 勾玉のような獣の牙を連ねた首輪をした女と、年長らしい老人がうなずきながらことばを交わし、最後に、男に向かってうなずいた。
 男はそれを受け、再び旅人たちを見る。

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