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2006年10月 7日 (土)

古に眠る炎竜#35(長編連載小説DB)

 ざわめきが、遠くから耳もとに近づいて来たようだった。
 気がつくと、シリスは通りの真ん中に立っている。賑やかな商店街らしく、近くには、果物やパン、干し物を扱う店などが並んでいる。
 空は蒼く、気持ちの良い風が周囲を吹き抜ける。
 同じ街並みが記憶の中にないか確かめようとするが、これといった特徴もないので、場所を特定することはできなかった。
 考えることをあきらめ、歩き出す。
 地元の者らしい客が、店主と談笑し、あるいは商品を選んでいる。旅人の姿は少ない。
「いやあ、今日も精が出るねえ」
 エプロンを身につけた男が、顔見知りらしい、花屋の主人とことばを交わしていた。男の背後には、荷台に何種類ものパンを積んだ荷車が停めてある。
 その横を通りかかったシリスは、ゴソゴソと、何かがこすれあうような音を聞いて振り返り、そのまま、目が離せなくなった。
 二人の、十歳前後の少年が手を伸ばしていた。
 それだけなら、少年としては、どの町でも見かける外見だろう。だが、その二人は、この街並みからひどく浮いていた。着ている服は土に汚れ、裾はボロボロに擦り切れている。ひどく痩せていて、二人のうち年上と思われるほうは、怪我をしているのか、布切れをむき出しの脛に巻きつけていた。
 少年たちは荷台から細長いパンを何本も抱えると、それを周囲から隠すように服に包み、素早く走り去っていく。
 雰囲気の明るいこの街にも、食べ物にも困る者がいるのか。
 暗澹とした気分で、シリスはしばらくの間、少年たちが去っていった方向を見つめていた。
 彼が我に返ったのは、低いわめき声が聞こえたときだった。
「誰だ、うちの売り物を盗んだヤツは! 確かに、ここにもパンがあったはずだぞ!」
 パン屋が、荷台から売り物のパンがいくつか消えていることに気がついたらしい。彼は、怒りに顔を真っ赤に染めながら辺りを見回し――吟遊詩人に目を留めた。
「お前、うちの売り物を盗っただろう!」
「え……」
 シリスが愕然としている間に、男は地面を踏み抜きそうな勢いで迫り、襟首をつかむ。
「オレたちのほかには、お前ぐらいしかいないだろうが! ほかに通りかかったような者もいなかったし、お前だろ!」
 唾を飛ばしてわめく相手の大声に顔をしかめながら、シリスは何とか逃れようと、太い指を一本一本はがす。
「違います……ほら、そんな大量のパンなんて持っていたらかさばるし、わかるじゃないか。背負い袋を開けたっていいですよ」
「そんなもの、信用できるか! お前みたいな流れ者は妙な術を使うんだ!」
 荷物を見せて納得させるという道は断たれた。
 どうすれば説得できるのか、と考えをめぐらせるうちに、いつの間にか消えていたパン屋の話し相手が、紋章入りのプロテクターをつけた男を連れて駆け寄ってきた。どうやら、警備隊員を連れて来たらしい。
「パンを盗ったっていうのは、お前か?」
 口髭をたくわえた警備隊員が、ぶしつけに尋ねる。
「オレは盗ってなんていません。パンを消すような魔法なんて知らないし荷物にだって、そんな……」
「しかし、誰かが手を出して取らなければ、荷台から消えることもないはずだな。それとも、何か他の理由を知っているのか?」
 これはまずい、と、シリスは思う。
 周囲の店からも、何事かと人々が顔を出し、野次馬も集まってきている。こういう場合、よそ者への感情や好奇心も、警備隊員の判断を左右するのだ。
 あの二人の少年たちのことを言えば、すぐに解放されるのかもしれなかった。だが、言いたくない。今の状況を作り出しているのは結局、その感情ひとつだ。
「いいえ……何も知りません。でも、本当に盗っていないんです」
 それが、精一杯の釈明だった。
 警備隊員は、必死の表情を見ながら、長い息を吐く。
「ことばの上では、なんとでも言える。お前は見るからに怪しい。一緒に来てもらおう」
 物理的には逃げることもできるが、そうなれば、本当に法を犯した者として終われる身となるだろう。
 「あの人、どこの出身なのかしら」、「あんな綺麗な人も、犯罪を犯すのね」、「ほら言っただろ、いかにも妙な魔法を使いそうなヤツだ」、「やっぱりよそ者は怖いね」――。
 連行されるシリスを、人々の奇異の目と、ざわめきが包む。好奇心を顕わにしたささやきが、妙に耳についた。

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