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2006年7月23日 (日)

古に眠る炎竜#33(長編連載小説DB)

 これだけ無造作に置かれているのだから、金貨の何枚か取ったところで気がつかないかもしれない。山の内側にある物なら、取ったところで追及される前に逃げることができるかもしれない。
 すべてを持ち逃げしようというつもりがないのは、ここから離れていいのかどうかわからないという一念からだった。
 それに、ここは試練の場だということも、頭の隅では認識している。だが、試練の場が現実に存在するどこかだという可能性もあるので、金貨を持ち帰ったらどうなるか試してみたいという興味もある。
 男が彼女を一人置いていったのは、闇に、多少の手数料なら取ってもいいということかもしれない――リンファは財宝の山を見つめたまま、あれこれと、自分に都合の良い妄想を膨らませた。
 しかし――目の前の、夢や幻とは思えない財宝に心を惹かれるのは事実だが、彼女は、それに触れてはいけないことはとうの昔に知っていた。興奮状態でも状況を的確に分析するその頭脳は、財宝を見た時点で、それが『自らを律する自制心』の試練であるという答を導き出していたのだ。
 リンファはそれを、少しつまらなく思う。理性を捨てて、財宝の山で溺れる感触を味わってみたい。不可能なことだが。
 溜め息をついて、建物の窓に腰かける。
 常に強い『財宝に触れたい』という欲求に晒されながら、近づきたいという身体の動きを押さえ込むこと自体は簡単だった。まるで、拷問のようだ。
 彼女は魔術師らしく、精神を研ぎ澄ますことにした。
 視界の中心にある財宝の存在を完全に忘れ去る。目を開けたまま、それを認識しないことにして、ただ、風の音を聞いていた。
 長いようでも短いようでもある時間が過ぎた。彼女は、のどの奥にひりつくような渇きを感じ始める。
 ふと、遠くに気配が揺れるのを感じた。
 視線を動かし、少しずつ近づいて来る気配を探る。出て行った男に似てはいるが、同じ気配ではない。
 ただ黙って、相手を待つ。
 風除けの壁の切れ目から、ラクダに乗った男が現われた。ラクダの腹の横には、水がたっぷり入っていると思われる、革製の水袋がふたつ、揺れていた。
 水がそこにある。そう認識すると、途端にのどの渇きが強くなる。
 目をそらし、リンファは忘れようと努めた。
「そこの美しいお嬢さん、そこで何をしているのかね?」
 フード付の白い服に身を包んだ男が、ラクダの首をめぐらせ、近づいて来る。
「見張り番よ。頼まれたの」
 そちらを見ないようにしながら、短く答える。
 男はラクダを近くの木につなぎ、物珍しそうに、財宝に近づいて来た。

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