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2006年5月24日 (水)

古に眠る炎竜#32(長編連載小説DB)

 乾いた砂を含んだ風が、古い壁で囲まれた周囲を通り抜けた。
 長い間、砂に晒されてきたらしい壁は、平たな建物を守るためにあるらしい。その建物も古びていて、もはや、周囲の壁と大差ないほど痛んでいた。
 しかし、少なくとも、人の身長の数倍はあろうかという壁は、強い陽射しを遮る役目は果たしている。
 壁の合間から見えるのは、砂の稜線だ。リンファは、一瞬、地上に戻ってきたのだろうかと思った。
「そこのあんた」
 背後から、男のものらしい、低い声がかけられた。
 近づく気配には気がついていた。敵意や殺気は感じられない。
 それでも、手は密かにレイピアの柄に伸ばしながら、いつでも回避行動に移れるよう、身体ごと油断なく振り返る。
 布を頭に巻きつけた、三〇歳前後の小柄な男が目を丸くして口を開けていた。彼女の顔を初めて見た者としては、標準的な反応である。
「何か用かしら?」
 警戒は解かないまま、声を掛ける。そうすることで、相手が我に返るまでの時間が短縮されることは、経験上わかっていた。
 表情は驚きのままだが、案の定、男はやっと止めていた動きを再開する。
「ああ……あんたみたいな綺麗な人、初めて見たわ。しばらくここにいるつもりなら、荷物を見張ってて欲しいと思ってたんだが……」
「別にいいわよ」
 試練の空間での行動は、特に制限されていない。試練が向こうからやって来るので、どこかに行かなければならないということもない。
 あっさり受け入れられたことに、少しだけまた驚いて、男は笑みを浮かべた。
「まあ、こんなところまで奪いに来るようなモンはいないと思うけども。陽が傾くまでには帰るんで、よろしく頼んますぜ」
 男は嬉しそうに、できるだけ美女の姿を長く見ていようと、顔だけリンファに向けたまま、建物の前と壁の間につないであったラクダに乗った。
 大きな水筒や最低限の食糧を積んで、砂漠へ向かう。
 果たして、男は何を見張っていろと言ったのか、少しだけ興味を引かれて、リンファは壁の向こうに歩み寄った。
 ドアも窓も壁をくりぬいただけの建物の前に、山があった。
 山を構成するのは、金貨に宝石がついたアクセサリー、魔力を帯びた短刀や、魔力石が飾られたティアラや杖だった。
 リンファの見立てでは、数十万カクラムは下らない財宝の山だ。
 一体、あの男は何者だったのか。財宝の隠し場所を見つけに来た盗賊か、どこかの王家の者か、あるいは、一攫千金を求めてやってきたトレジャー・ハンターが凱旋する途中なのか。
 どれにも当てはまるようには見えなかったが、砂漠の旅に慣れた様子なのは確かだった。
 頭の隅の冷静な部分でそう分析しながら、リンファの興味は主に、財宝を我が物としたい欲求に向けられていた。

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