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2006年5月22日 (月)

古に眠る炎竜#31(長編連載小説DB)

 どこにも、生き物の気配はない。周囲に動物の骨が転がっているようなこともなく、ここに足を踏み入れた者は、長らくいないと見えた。
 油断なく、それぞれの武器を手に、二人は立ち上がる。
「〈ラスターライト〉」
 リンファが鞘から抜き放ったレイピアのつばにはめ込まれた玉石に、明りの魔法をかけた。カンテラより少し強めの光が、周囲を照らす。
「じゃ、行こうか」
 地上に比べて気温は低いが、じっとりとまとわりつく空気が、緊張を煽った。砂混じりの汗を拭いて、シリスが慎重に神殿へと足を踏み入れた。
 ほぼ正方形の、濃紺色の通路が続いていた。奥は完全に闇に包まれ、どこかから、雫の垂れる音だけが響いてくる。
 耳を澄まし、どんな変化も見逃さないよう眼を凝らしながら、足を滑るように踏み出し、音を立てぬよう進んでいく。
 エルーダの遺跡と、似たような雰囲気はあった。いつ、試練のためのからくりが発動するともわからない。
「今のところ、特に変化はなさそうね」
 シリスの後ろから魔力の動きを眺めていたリンファが、声を潜めて状況を告げる。
「限られた者が訪れる試練を受けるための場所だから、そんなに強力な罠はないとは思うのだけど……」
 グン、という音が、吟遊詩人の澄んだ声に重なった。
 床が動き、踏み出した足を支えるはずの物が消えたような錯覚を覚えて、バランスを崩す。しかし、灯りに照らされた先には、床はあった。ただ、真っ直ぐ続いていたはずのそれが、急な下り坂に変わっている。
 重力には逆らえない。シリスは小さな悲鳴を上げて、前方に転がった。
 死に至る罠が下で待っている可能性もある。彼は転がってすぐに槍に手を掛け、下の光景が見えてくるまで待った。
 光球はついてきている。念のために飛行魔法の呪文を唱えながら、リンファもあとを追追っていた。
 やがて、シリスは通路の出口の先に、落とし穴に槍が生えているわけでもない、特に異状のない床を見た。
 そのまま滑り落ちた彼の上に、リンファが落ちる。
「どうやら、罠はないようね」
「リンファ、少し太ったんじゃ……痛っ」
「どうやら、ここが試練の間みたいよ」
 部屋は、エルーダの遺跡の最深部とよく似ていた。
 円形の部屋の中心に、少し高くなった、段がある。冷たい岩でできた床や壁は少し汚れ、隅には砂がわずかに入り込んでいた。
 裾を払って立ち上がり、二人は段に歩み寄る。
「自らを律する自制心……だったわね」
 段に足を掛け、リンファが自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「何か我慢を強いられる試練があるのかな……とにかく、やるしかないか」
 急に湧き上がってきた緊張感につばを飲み込み、覚悟を決めて、シリスも段に上がった。
 段の中心に、青い球体が浮かび上がる。
『試練に導かれし者よ、その手で標に触れるがいい』
 どこからともなく響いてきたのは、エルーダの遺跡で聞いた声と同じもの。
 それが促す声が途切れるのを待って顔を見合わせて、うなずき交わし、二人は球体に手を伸ばす。
 途端に、球体が広がるようにして、青い光が視界を満たした。

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