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2006年4月11日 (火)

古に眠る炎竜#24

 それを見て、魔女は少しだけほほ笑んだ。
「火山があるってことは、どこかに温泉でも湧き出てるかもしれないわね」
 カップの残りをじっくりと味わいながら、彼女は何気ない調子で言った。
 だが、その一言で、シリスは村を訪れるときに視界の端に引っかかったきり、忘れていた光景を思い出す。
「そういえば、小川の下流に湯気がたっていたような気がするな。もしかしたら、宿でも温泉に入れるかもしれないね」
 そのことばは、リンファのやる気を大いに引き立てたらしい。
「それじゃあ、温泉を励みに、頑張りますか」
 カップを片付けて立ち上がると、二人はまた、凸凹した山道を登り始める。
 厚いブーツを通しても突き刺さるように痛い岩の道と、灰で緩んだ粘着質の土の道が、交互に続く。いくつもの灰色の筋を天に昇らせる頂を何度も見上げ、旅人たちは、陽が傾きかけたころまで歩き続けた。
 登るにつれて空気は薄くなり、それに反比例するように、鼻をつくような臭いが強くなっていく。
 何かが腐ったような臭いに気分が悪くなりかけたころ、シリスは、行く手に並ぶ岩の間に赤いものを見た。
 同じ高さまで登るうちに、その全貌が視界の半分以上を埋める。
 鱗に覆われた、鮮やかな赤の巨体。鋭い角の下に開いた目には、燃えるような、橙色が輝く。山頂のあちこちから昇る煙を吸い込むような灰色の空に、大きな翼が広がっていた。
 これが、この山の主か。
 門のように積み重なった岩の前で、少しの間、シリスはためらった。
 かつてセルティストの地上で独自の文明を築いていた源竜の子孫に、竜族や竜人族と呼ばれる種族が存在した。それも、一二〇〇年ほど前の消魔大戦でほとんどが魔族たちに取り込まれ、一般的には、竜――ドラゴンが魔物として残っていることが知られているくらいだった。
 魔物に堕ちたとはいえ、ドラゴンは、魔物の中でもかなりの強敵である。
 だが、立ち止まったのは一瞬だった。
「大丈夫?」
 声をかけながら、シリスは走る。竜の眼下に倒れた、栗色の髪の少年に向かって。
 リンファも離れることなく、それを追った。
「気を失ってるだけみたいだね」
 冷たい岩の地面に横たわる少年を仰向けにさせて脈を取り、吟遊詩人は、相棒にほっとしたような顔を向ける。
 その頭上で、赤竜はのぞき込むように、足もとを見下ろした。
『お前たちは……』
 低く響くような声に、シリスは弾かれたように見上げた。
 魔物となった竜には、人語を解するものなど、ほぼ皆無のはずだった。

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