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2006年4月 9日 (日)

古に眠る炎竜#22

 畑の世話をしている老人や川で洗濯をしながら話を花を咲かせている女たち、家々の窓から見える顔にも、笑顔はない。どこかピリピリした緊張感が空気に混じっているのが感じ取れる。
 危機感があるのに、なぜ、避難しないのか。
 唯一の飲食店に入った二人は、女店主に、村の状況を聞いた。店主は珍しい旅人の存在に驚きながら、オムライスとハーブティーを手早く作る。
「ここは、結構歴史が古くてねえ……だいたい、百年ごとに噴火が繰り返されるんだよ。でも、大昔にここに来たテイラだかセカテだかという魔術師さんが火山の主と契約して、この村には被害が出ないようになってるんだ」
「契約……? 精霊術師だったのかしら」
 なかなか香りのいいハーブティー入りのカップを回しながら、リンファは推測した。
 精霊術師や精霊使いと言われる者は、自然や精神を司る精霊を従え、その作用を操る術だ。精霊の多くは消魔大戦の際に〈フォース〉を離れたが、精霊術師は、それを召喚することができる。
 しかし、店主のことばが、その推測が外れていることを示した。
「なんでも、昔からあの火山に住んでる魔獣らしいよ。それが、噴火を押さえ込んでくれるんだとさ」
 精霊相手ではないらしい。ハーブティーをすすりながら、リンファは結論付けた。
 火山の主に守られているから、ここの人々は避難しないのか。納得して、シリスは昼食を口に運ぶ。
 途端に、木のテーブルの上に並んだ皿が、カタカタと震えた。カウンターの奥の棚も、耳障りな音を立てる。
「ああ、すぐ終わるよ」
 店主は慣れた調子で、カウンターの上の食器を水の中に入れた。
 彼女の言う通り、地震はすぐに終わる。
「今回はいつもより多いみたいだけど、まあ、怪我人が出るほど激しいのは来ないよ」
 安心させるようにほほ笑む店主の顔を見て、それでもなぜか、シリスは不安を覚えた。
 たまに旅人が来たときにはここが宿代わりになっているというので、昼食を終えると、二人は店主に言って部屋をとった。
 荷物を置きに行こうと腰を上げたと同時に、店のドアが、荒々しく開かれた。
「ラツさん、手ぇ貸してくれ!」
 顔をのぞかせた男は、一瞬見覚えのない風変わりな旅人に驚いたものの、かまわず、厨房に入っていた店主に向かって声を張り上げた。ラツ、と呼ばれた女店主は、慌ててカウンターの外に出る。
「これまあ、どういうことだい、アゲンツさん。何かあったのかい?」
「それが、となりの家のフラドが行方不明なんだよ。川に落ちたかと思ったんだけども、エレーナの話じゃ、山道のほうに行ったってぇんだ」
「山道?」
 口もとを手で押さえ、ラツは信じられないことを耳にした様子で、目を丸くした。
「なんであんな危険なところに……」
「あの……山道って、あの山道ですか?」
 村人たちの会話に割り込んで、シリスが窓の外の、パラヴィオ山を目で示す。
 ふもとに灰色の岩がゴロゴロしている山の表面は、半分くらいが枯れかけた木々に覆われていた。その端に、小さく、白い道の跡がついている。
「ああ……そうなんだ。あそこは主さまとの契約で、人間は決して登ってはいけないんだが……」
「あら。それじゃあ、誰が捜しに行くの?」
 食後にもう一杯ハーブティーを注文して飲んでいたリンファが、危機感のない声で口を挟んだ。
 ラツとアゲンツは、はっとしたように、魔女の綺麗な顔を見る。
 その向かいの席で、たまりかねたように、吟遊詩人が立ち上がった。
「この村の者と契約したなら、我々は契約の外にいるはずです。オレたちに捜させてください」
 村人たちの顔に、喜びの色が広がる。
 リンファは、少し前から、こうなることが予想できていた。今までにも、何度も似たような展開を経験して来たのだから。
 フラド、という少年の特徴を聞いた二人の旅人は、そのまま山道を登り始めた。人の行き来を禁じられた道だけに、岩がゴロゴロと行く手を塞ぎ、ほとんど獣道以下の状態だった。

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