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2006年1月25日 (水)

古に眠る炎竜#16

 厚い氷の地面の上に、魔女は立っていた。
 灰色の空に、地平線まで白い氷の大地。ひび割れには透明な水の流れが顔を出し、大きな影が、泳ぎ回る。
 リンファはレイピアを抜き、周囲の気配を探った。
 直接感覚を狂わせるような魔法や、独自の世界を創りあげるような魔法はともかく、幻覚なら、それで見破れるはずだ。
 しかし、彼女は、何も感じ取ることはできなかった。
 少なくとも、単純な幻術ではない。
 それを確認して、リンファは呪文を唱え始める。
「〈コロナブリッド〉」
 小さな、無数の光の粒が、少し離れたところに現われ、氷の地面に、いくつもの穴が空いた。
 どうやら、魔法は使えるようだ。
 不意に、大きな水音がした。
 振り返ると、尾びれが、氷の地面が途切れたところに広がる海の水面に、潜り込むところだった。
 冷水の海の上に、大小さまざまな氷の島が浮いている。
 離れたところに、少し大きめの氷の島があった。もやのかかったそこに、リンファは、見覚えのあるシルエットを見つける。
 風が吹いた。
 もやが吹き散らされ、そこにある姿があらわになる。
 見違えるはずもない、薄紫の長い髪。槍と竪琴を背負い、戸惑うように周囲を見回っている、吟遊詩人の姿。
「シリス!」
 声をかけるが、相手は反応しない。冷たい空気が、音をも凍りつかせたようだった。
 リンファは、足もとに注意しながら、氷の地面が途切れる端まで歩いていく。
 近づくと、シリスが立っている氷の島の周囲に、大きな黒い影が、水面の下を動き回るのが見えた。
 海獣らしいものが、島のそばで、尾びれを水面に叩きつけた。
 いくら厚いとはいえ、海に浮かぶ氷の板に過ぎない島は、大きく揺れる。上でバランスを崩し、シリスは膝をついた。
「〈ヘイルストーム〉」
 呪文を唱えず、氷の粒の嵐を起こし、リンファは走った。身を切るような寒さにも眉一つ動かさず、魔法で作った氷の橋を渡り、小さな氷の島に跳び移り、それを何度も繰り返して、目的の島へ向かう。
 あと、少し。
 もう一度、氷の魔法を使おうとした魔女の前に、巨大な姿が滑り込んだ。
 ぬらぬらとした青緑の鱗に覆われた、大蛇のような怪獣が、鋭い牙を見せて口を開けていた。
 シーサーペントの一種だと、リンファは瞬間的に判断した。
「〈ヘイルストーム〉」
 魔物の前に氷の壁を作り、時間稼ぎをする。呪文を唱えながら、彼女は走った。
 この状況では、得意の火炎系魔法は使えない。まずは、足場が必要だ。
 サーペントが咆え、大きな身体を海中へと躍らせる。
「〈エアウイング〉」
 飛翔の魔法。
 リンファは、最善の方法を取る。海獣の攻撃も、その影響で不安定に揺れる足場も、何の意味も持たない空へ。
 海獣の橙色の目が、悔しげに白い姿を追う。魔女は海獣を飛び越え、波にもまれる氷の島へ降り立った。
 氷の島にしがみつくように伏せている吟遊詩人に手を伸ばす。
 途端に、魔女は、すべてが、雪に包まれたような気がした。

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