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2005年11月28日 (月)

セルフォンの赤い悪夢#39

「ちょっ……!」
 驚き、悲鳴を上げるムーナの脇を駆けて、ホワラとレレナは、屋上の端から下を見下ろした。
 リンファの身体は、ゆっくりと降下していく。月光を受けて白く輝くようでさえある姿は、まるで天使のようだ。
「〈エアウイング〉ね。落下速度の調整も完璧だわ」
 レレナが冷静に説明する横で、ホワラとムーナたちは、茫然と見下ろしていた。塔の窓からも大勢の院生が顔を出し、ゆっくりと降りていくリンファを、口を開け、あるいは目を丸くして見守っている。
 やがて、魔女は、天から舞い降りた女神のごとく、学院の正面、門の少し手前に降り立った。
 そこには、見慣れた姿が待っている。
「身体は大丈夫なの?」
 院生たちと同じく、目を丸くして魔女の登場を目にしていた吟遊詩人は、まだ余り血色の良くない顔に、いつもの、人を安心させるようなほほ笑みを浮かべる。
「ああ。まだ完全じゃないけど、普通に動く分には大丈夫だよ」
「そう」
 唐突に、リンファが彼の手を引いた。シリスは転びかけ、魔女に受け止められる。
「あ、あの、リンファ……」
 背中に腕を回され、抱きしめられるような格好になって、彼は赤面する。リンファはかまわず、彼の頭を抱き寄せた。
「いいのよ。見せつけてやったほうが面倒がないわ」
 魔法学院の者たちから見れば、二人は口付けを交わしているようにも見える。窓から見下ろす学院生たちの間からは、悲鳴や口笛交じりのざわめきが起こっていた。
「あの、リンファ……苦しいよ……」
 シリスが顔を胸に押し付けられて呻くと、ようやく、相手の頭を押さえる手の力を緩める。蒼白かった顔に赤みがさしているのを見て、魔女は小さく笑った。
「少し痩せたみたいね。旅をするなら、もう少し太らないと」
「最近、寝込んでいることが多かったから……」
「それじゃあ、早く〈疾風の源〉亭に帰って、たくさん食べないとね」
 吟遊詩人を庇うようにしてその手を引き、多くの学院生に見送られながら、リンファは魔法学院を離れた。
 門を出ると、騒々しさが消える。風に乗って西や北の賑わいが流れてくるものの、リンファにとっては、魔法学院での騒々しい日々が急に遠くへ過ぎ去ったような感覚を覚えるものだった。
「……どうだった? 途中抜けたけど、一週間の学生生活は」
 街灯に照らされた西通りへの道を歩きながら、沈黙をもてあましたように、シリスが口を開いた。
 リンファが密かに目をやると、うつむき加減のその顔が、まだ紅潮している。
「それなりに、楽しかったわよ。旅をするのもいいけど、たまには、こうして街の人々の生活に潜り込むのもいいわね」
「そう。オレは、ちょっとつまらなかったけど」
「一人の時間を楽しんでいたんじゃなかったの?」
 魔女がからかうように言って覗き込むと、シリスは、顔をそらして溜め息を洩らす。
「最初はともかく、日を重ねるうち、段々退屈になって……確かに、楽しいこともあったんだけどね」
 彼は思い出したように顔を上げた。
「新曲を披露するよ。それが、今回の事件に関わった、オレの一番の収入かもしれないね……もちろん、これもそうだけど」
 慌てて、首に巻いたマフラーを触る。カナルに誘拐され戦獣に襲われたときも、これだけは守り抜いたのだ。
「それなら、お互い得るものはあったじゃない」
 耳に揺れる精霊石のイヤリングを指で弾いて、リンファは笑った。

   -〈セルフォンの赤い悪夢・完〉-

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