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2005年11月27日 (日)

セルフォンの赤い悪夢#38

 旧スラムに近い、東区のある一角。
 ここには、革命以前のものも含めた、多くの住民の墓が建ち並んでいた。星のない夜には幽霊が出るという類の噂も尽きない、白一色の墓場だった。
 その隅に、最近加わったばかりの墓がひとつ、ひっそりとたたずんでいる。
「お葬式にも行けなかったわね」
 まだ新しい花が並べられている墓の前に、また一輪の、白い花が置かれる。
「仕方ないよ。リンファは、誘拐事件の犯人を捕まえに行っていたんでしょう? レレナから聞いたわ」
 ホワラは、笑いたいのに笑えないような、奇妙な表情で振り返る。
 彼女とレレナ、そしてリンファ。今この墓地にいるのは、三人だけだ。
「ティアマリンがわたしの立場だったら、絶対に仇を取るって言ったでしょうね。仇は取ったわ……なんの慰めにもならないかもしれないけど」
 溜め息交じりに言って、リンファは短い黙祷を捧げた。
 ホワラやレレナに比べ付き合いが短いというのもあるが、いつまでも湿っぽくしているのは性に合わない。魔女はすぐに、背中を向ける。
「今日は、講義に出るの?」
 墓場を出たリンファの足が中央広場に向かっているのに気づき、そのあとをレレナと並んで歩いていたホワラが問うた。
 事件は解決し、もはや、リンファが魔法学院にいる意味はなくなっている。
「行くわ。最後だから」
 今日は、彼女の体験週間の最終日だ。正式入学をしないのはわかり切っているので、ホワラたちにとっては、リンファとの別れの日になる。セルフォンにいる限りは顔を合わせる機会はあるが、世界を自由にめぐる旅人は、ホワラにとってはまったく別世界の人間に思えた。
 せめて今日は、アマリさんに頼まれた案内役をしっかり果たそう。
 そう誓って、ホワラは魔法学院への道を先頭になって歩き始めた。

 『魔法戦術理論・応用編』、『魔法でできる生活術』、『攻撃魔法の威力向上』の三つの講義を終えて、リンファ、ホワラ、レレナの三人は、食堂で昼食をとる。
 食事を終え、通路に出たところで、見覚えのある姿が立ち塞がった。
「あぁら、三人おそろいで、仲がよろしいことで」
 ムーナが、取り巻きの女二人を左右に従え、笑みを浮かべてリンファを見る。
「そちらもね」
「あなたのそのお美しい顔も、今日で見納めかと思うと、寂しいわぁ。もう、お会いできないなんてねえ」
「そうね」
 ありったけの嫌味を込めて大声を張り上げるムーナに対し、リンファは軽くあしらうように、感情のない声で応じる。
 その、澄ました様子が、相手のカンに障ったのか。
「何よ、あたしを馬鹿にして……あんた、講義が終わったら屋上に来なさい。決闘よ!」
 おおっ――と、周囲で恐々と成り行きを見守っていた者たちから、どよめきが起こった。だが、当のリンファは平然としている。
「いいわ。すべての講義の後ね」
「ちょっと、リンファ……」
「いいのよ」
 ホワラが愕然とした様子で声を上げるが、体験入学生は溜め息交じりに言い、顔をそむけたムーナとは逆方向に歩き出す。
 決闘の話は、瞬く間に学園中に広がった。講義と講義の間の休憩時間のたびに、「応援しています、頑張ってください」、「僕が代わりに受けて立ちましょうか」などと、男女の別なくリンファのもとに押しかけてくる。
 それらを適当に追い返しながら、後半の講義を終え、魔女は屋上に向かった。ホワラとレレナも、黙って彼女に続く。
 この時間帯になると、外はすでに夜闇に包まれている。塔としてはあまり背の高い建物ではないが、闇に輝く蒼白い街灯と家々から洩れる温かい光、露店や街灯もない小路を行く者の持つカンテラの光が宝石のように、セルフォンの街並みを美しく飾り立てていた。
「ホワラ、レレナ。世話になったわね」
 屋上への最後の階段を登る途中、リンファは振り返りもせずに言った。
「え……?」
「短い間だったけど、楽しかったわ……そうね、あなたたちには、わたしの秘密を一つだけ教えてあげる。わたしは、昔ここで学んだことがあるの」
 目を丸くするホワラに、彼女は淡々と続けた。
「あれは確か……革命以前だったかしら。わたしが知っている教授は、すでにここにはいないみたいね」
 後ろで聞いているホワラの目が、さらに見開かれた。
「革命以前……って、リンファ、あなた……いったい何歳なの?」
 その問いかけに、魔女は初めて振り返り、どこか不敵なほほ笑みを浮かべた。
「レディに歳はきかないものよ」
 階段の最上段を登り、外の冷ややかな空気が身体を包む。
 ムーナと取り巻きが、三人を待ち受けていた。
「あら、逃げずに来たのね。そこは褒めてあげるわ」
 女の手には、見慣れないものが握られていた。金属製で、赤い玉石が先端にはめられた杖だ。魔術師の集中を助ける、魔法具の一種である。
 それも、かなり高価なものだと、リンファは見立てた。
「さあ、選びなさい。大人しく学院を去るか、あたしに吹き飛ばされるか。体験入学でちやほやされたからって、魔術師への道はあまくはないわよ!」
 杖を突きつけるようにして、女は叫ぶ。
「吹き飛ばされるのが嫌なら、せいぜい、普通の女として生きていくことね」
「そうね」
 リンファはホワラとレレナを離れ、屋上の端に立つ。
「わたし、わかったわ。あなたに比べて魔法の才能も何もないって。だから、本入学はあきらめるわ」
「へ?」
 ムーナと取り巻き二人の目が、驚きで点になる。
 しかし、やがてムーナは、腰に手を当てて笑みを浮かべる。
「ず、ずいぶん素直じゃない。ようやく身の程を知ったってところかしら」
「体験週間で、思い知ったの。わたしじゃあ、ここではやっていけないって」
 清々しい笑顔で一度振り返り、ホワラとレレナに小さく手を振ると、リンファは、足を踏み出す。
 足場のない、宙に向かって。
「それじゃあ」
 その姿は、下へ消えた。

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