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2005年11月24日 (木)

セルフォンの赤い悪夢#37

「あれは、失敗作だ。個性が、発達し過ぎてしまった……」
 翼をはばたく姿を見上げ、カナルが独り言のように言う。
「飛ぶという行為が可能な分、余計なものまで見えてしまったのかもしれん」
「あなたにとって、飼い猫と戦獣は違ったの?」
 フートのことを思い出し、リンファは少しだけ興味を引かれて、呪文を中断して問うた。
 カナルは、血に汚れた口もとをわずかに歪める。
「別物だよ。どちらも、道具には違いないが。あの猫にも、何度も血を分けてもらったからな」
「そう」
 レイピアの鋭い切っ先が、錬金術師の赤いほうの目を突いた。男の口から、低い、唸るような悲鳴が上がる。
 その声を、聞きつけたのか。
 闇の奥を駆け、徐々に近づいてくる気配と足音に気づいて、魔女はレイピアを引き、肩をすくめて振り返る。
 見覚えのある姿がふたつ、月光のもとに表われた。
 むせ返るような、血の匂い。
 白いワン・ピースのスカートをまとったシリスと、いつもの制服姿の警備隊員ルルグが、惨状を見て顔をしかめる。
 戦獣たちを見て、一瞬怯んだ様子を見せたもの、シリスは真っ直ぐ駆け出した。
「リンファ!」
 半分予想していたものの、リンファは溜め息を洩らす。
「本当に追いかけて来るなんてね。その格好、良くお似合いよ」
 そばまで駆け寄ってきたシリスは、泣き出しそうな顔をしながら呪文を唱え、治癒の魔法を使った。リンファのほうは、怪我の痛みも、自分が白い服を血に染めた姿でいることも、意識の外だった。
「お前が誘拐犯だな?」
 シリスがリンファの怪我を治している間に、臆することなく、ルルグがカナルに歩み寄る。
「お前を逮捕する」
 いつも犯人を捕らえるときに使うものではなく、魔法で強化されたロープを使い、ルルグは錬金術師を念入りに縛り上げた。
「残るは、獣たちね」
 倒れかけたシリスを支えてやりながら、魔女は見上げた。
 急降下を仕掛ける戦獣を、灰色の戦獣が長い尾で叩き落そうとする。それを上手くかわし、もう一方は大きな翼で風を起こした。
 よろめく地上の一体に、長い爪の一撃が撃ち込まれる。
 灰色の硬い皮膚が大きくえぐられ、血を噴いた。
「決着がついたようですね」
 油断なく剣を右手にしたまま、ルルグがそう評した。
 彼の言う通り、勝敗は決していた。地上の戦獣は、長く悲しげな咆哮を一つ残して、崩れ落ちる。
 カナルは捕らわれ、戦獣たちの戦いも終わった。翼のある戦獣は、ゆっくりと地上に降りて様子をうかがっているものの、敵意は感じられなかった。
 これから先の対応は、国の機関が考えることだ。もう、リンファや一線の警備隊員の仕事は終わったも同然だ。
 ほっと息を吐きながら、リンファはふと、腕の中のもうひとつの鼓動の主を見る。
「シリス……?」
 呼びかけに、答えはない。
 覗き込むと、まぶたは閉じられ、身体からは力が抜けている。しかし、表情は自分の役目を果たしたことに満足したような、笑顔だった。
「まったく……おせっかいなのも考えものね」
 不愉快ではない、淡い感情をこめた声で、魔女は独り言のようにつぶやいた。

 三たび、シリスはベッドの上に横たえられた。ここしばらくの事件の間に何度もそうしたように、ぬくもりの中で目を覚ます。
 新しい服を着せられ、毛布に包まれる彼を、リンファが本を片手に覗き込んでいた。
「気がついたみたいね。気分はどう? どこか痛む?」
「いや……リンファ、何がどうなって……」
 記憶が途切れ、状況がわからない吟遊詩人のために、ハーブティーをカップに注ぎながら、魔女は説明した。
「カナルは逮捕されて、警備隊本部。あの翼のある獣も、エンデーヌ将軍もね。将軍も、処罰を受けるでしょう。王国軍にもカナルの息のかかった者がいるでしょうし、大きな騒動になるかもしれない……特殊魔法部隊にもメスが入るでしょう」
「王国としては、戦獣の力自体は戦力にしたいはず……あの戦獣、解剖とかされなければいいけど……」
「解剖の可能性は低いでしょう。唯一の生き残りだもの」
 リンファは、左手を相手の背中に回して身を起こすのを手伝い、枕を立てて支えにする。右手にはハーブティー入りのカップを持ち、差し出した。
 身体を温める効果がある、少し辛味のあるお茶を口にして、吟遊詩人は辺りを見回す。
 窓は開け放たれ、柔らかい陽射しを注いでいた。時間帯は、朝と昼の中間だろうか。
「何だか、今回は寝込んでばかりで何もしなかったような気がする……リンファは、無茶をしたね」
「そうかしら」
 魔女は苦笑して、空になったカップを取り上げると、まだ熱のあるシリスをベッドに押し付けた。
「ご飯までもう少しあるから、しばらく眠っていなさい」
「もう、眠くないよ」
 リンファは毛布を掛けなおしてやり、そっと、相手の頬にかかる髪をすいた。抗議の声を上げながら、シリスは心地良さに、目を細める。
 魔女は不意に、遠い目をした。
「……こんな風に、他の人を気にかけるのを、楽しく思う日が来るなんて思わなかった……あなたと会うまでは」
 吟遊詩人の紅潮した顔に、嬉しそうな笑みが浮かんだ。
「良かった。きみが外の世界に出てきたことを後悔していなくて。……他人がいるっていうのは、楽しいでしょう?」
 その顔を見下ろす魔女の口もとにも、笑みが浮かぶ。
「ええ。一人より、退屈はしないわ」
 彼女の答えに、満足したのか。
 シリスは再び、寝息をたて始めた。

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