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2005年11月23日 (水)

セルフォンの赤い悪夢#36

 鎧がひしゃげ、肉に食い込む。血が、全身のひび割れた銀色の表面を流れ落ちた。
 それでも、自ら半獣人となった男は倒れない。ズタズタに引き裂かれた筋肉で、そして長年鍛えた精神力で、その場に立ち続ける。
「ぐうっ……」
 血を吐きながら、彼は腕を振り上げる。
 リンファは、レイピアを投げた。カナルは慌てて腕を上げ、顔を覆ってレイピアを弾き落とす。
『悲劇の戦場に散りし 破壊のしもべたちよ……』
 カナルの目が見開かれる。
「馬鹿な……そこまでの魔力が残されているはずは……」
 運動をすれば体力を消費するように、魔法を使い続ければ、魔力も一時的に減退する。強大な魔術師になればなるほど、魔力も強大で、魔法を使い続けられるようになる。
 それでも、今リンファが使ったような強力な魔法は、かなりの魔力を消費するはずだ。
 恐れか、驚きのためか。カナルはよろめき、後ずさる。
「〈ボムフィスト〉」
 リンファは古代語の呪文を中断し、衝撃波を放った。
 攻撃によるダメージのため筋力は弱り、不意を衝かれたために踏ん張ることもできなかった。カナルは、大きく吹き飛ぶ。
 やはり、魔力はほとんど尽きたか――そう感じ取り、カナルは即座に起き上がる。
 そうして踏みつけた足が、地面の下に落ちた。
「なに……」
 事態を把握する前に、浮遊感が半獣の身体を包んだ。
 それも、わずかな間だ。その脇を、焼け付くような痛みがつらぬく。
「ぐはっ……!」
 見下ろす目に、刃が見えた。エンデーヌ将軍がリンファたちに与えた剣に、先ほど魔力を込めたものだ。
 地面に掘られた穴の中でもがくカナルを、拾い上げたレイピアを右手に握ったリンファが見下ろす。
「言ったでしょう……容赦はしない主義だって」
 魔力は尽きていないのか。彼女はまた、呪文を唱え始める。
 見上げるカナルの目に映る、緋と蒼の半月に、流れる血も艶めかしくすらある、絶世の美女。
 最期に見る景色としては、上々かもしれない。
 まばたきせずに凝視する彼の、徐々に鈍り始めた耳に、唸り声が届く。
 闇から、獣が現れた。
「〈ボムフィスト〉」
 呪文を中断し、冷静に衝撃波を放ちながらリンファが下がる。
 さらにもう一度衝撃波を放ち、彼女は少し離れた所に移動した。
 獣は、彼女を追って走る。
「〈ヘイルストーム〉」
 リンファのその一撃は、獣ではなく、穴の縁に手を掛けたカナルのもとへ飛ぶ。手が、穴の上に蓋のように張った氷に包まれる。
 そちらを一瞥し、レイピアを手に呪文を唱え、リンファは獣を待った。落とし穴は、ひとつだけではない。
 だが、獣が辿り着く前に、別の気配が、上から降り立った。
 翼を広げた、もう一体の獣。
 その姿に、一瞬リンファは動きを止める。
「おおぉぉう!」
 翼のある戦獣は、咆哮しながらもう一体につかみかかった。二体の獣はもつれ合いながら、石畳の上を転がる。
 そちらは気にしなくて良いらしい。そう判断して、唱えていた魔法を、ひび割れが大きくなり始めた氷の膜へ向ける。
「〈ライトニング〉」
 蒼白い電撃が、穴の中をつらぬく。
 さらに、彼女は魔法を放つ。
「〈フレイムボム〉」
 穴の奥から、火をまとったカナルが弾き出される。錬金術師は唸り声を上げながら、地面の上を転がり、火を消す。
 炎が消えても、男は動かなかった。否、すでに、動けなかった。血は危険なほど大量に流れ、脇腹には深い傷を受け、全身に火傷を負っている。
 瀕死のカナルを、リンファは蹴り転がす。そしてまた、呪文を唱え始める。
 殺すつもりなのだ。容赦などなく。
「わ、わたしももとは人間だ……」
 もつれる舌を動かし、かすむ目で見上げて、錬金術師は言った。
「人間を殺すのか……」
「それがどうしたの?」
 何でもないような口調で、魔女は答える。
「自分の身を護るためなら、人間も殺してきたわ。それも、たくさん。わたしたちと同じく、自分の身を護るために、わたしに刃を向けた人にもね。それに……」
 レイピアが、カナルの右手を地面に縫いとめる。
「あなたも、人を獣のエサとしか見ずに誘拐し、傷つけ……殺してきたんだもの。同じことだと思うの」
 呪文を唱えながら、戦獣たちに目をやる。
 戦獣は、どちらも血を流していた。どちらかといえば、空中から攻撃できる、翼を持った戦獣が押し気味に戦っていた。

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