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2005年11月22日 (火)

セルフォンの赤い悪夢#35

 蒼白い光の球の群が、ひとつひとつ意思を持ったような動きで、標的を襲った。それを、リンファが事前に魔力を込めておいたレイピアで、左右に斬り散らす。
「〈ヘイルストーム〉」
 動きを止めようというのか、カナルはリンファの足もとめがけ、氷の矢の雨を放った。対抗して、リンファも唱えていた呪文を解放する。
「〈コロナブリッド〉」
 赤く燃える炎の粒が、氷の矢に真っ向からぶつかり、ジュッと白い煙を残して消えた。
 次の呪文を唱えながら、カナルはマントの内側から何かを取り出し、指に挟んだそれを投げつけた。
 すぐに発動できる下位の結界を開放しながら、リンファはそれを斬り落とす。
 白い煙が噴き出し、周囲を染めた。
 めくらましか、それとも、錬金術師の仕事だけに、粉に何か毒が混ぜられているかもしれない。
 布で鼻と口を覆い、目を閉じる。
 どこから、攻めて来るか。気配を探りながら、呪文を唱える。
「〈ワールウィンド〉」
 風が螺旋を描いて吹き上がり、粉を吹き散らす。
 途端に、爆発が起きた。
 何が起きたか理解すると、リンファはとっさに〈ボムフィスト〉を自分に向かって撃ち出し、勢いよく地面を転がる。
「炎の魔法を使えば爆発し、風の魔法でも摩擦で爆発する……」
 身を起こしながら分析することばに、低い声が続いた。
「水の魔法では、身体を麻痺させる毒薬が溶け出す……しかし、驚くべきことだ。あれを切り抜けて、息も乱していないとは」
 カナルは、フードの奥で、確かに驚きの表情を浮かべているらしかった。リンファが彼女自身に放った〈ボムフィスト〉の衝撃など、とっさに張った結界で吸収されている。
「魔術師たるもの、常に息を整えておくのが基本よ」
 平然と言って、魔女はレイピアの切っ先を向ける。
「〈ボムフィスト〉」
 錬金術師が、横に身をかわす。その脇を、衝撃波が行き過ぎた。
「〈ボムフィスト〉」
 衝撃波の連打。カナルは、今度は防御壁を張ってそれを防いだ。
 リンファは走った。レイピアを突き出し、後ずさるカナルに、臆することなく鋭い刃を振るう。
 その切っ先は、錬金術師の身のこなしで回避しきれるものではない。
「〈プリベント〉」
 呪文を唱え、カナルは高位の防御魔法を張った。淡い光の膜がその身体を包む。
 リンファはレイピアを振るいながら、早口で呪文を唱える。かなり戦い慣れた魔法戦士で鳴ければ体得できない、高度な技だ。
「〈エアボミング〉」
 カナルの身体が、吹き飛ばされた。そのかつての家の残骸に、頭から突っ込む。衝撃は結界に阻まれたものの、フードが破れ、金色の髪がのぞく。
 呪文を唱えながら眺めるリンファの前で、防御魔法の集中を解いた黒衣の錬金術師が身を起こす。
「なかなかやるな……」
 端正な顔の半分が、灰色に染まっていた。フードに隠されていた顔の左半分は、まるで岩のような光沢のある肌で覆われていた。目は獣のように鋭く、色ももう一方とは違い、不気味な赤。
「それが、あなたの研究の成果、ということかしら」
 小声で唱えていた魔法を解放してから、魔女は相手に目をやる。
「あなたがエンデーヌ将軍とともに魔物退治に奔走していたのは、実験に必要な魔物を手に入れるためね。エンデーヌに力を貸しながら、力と権力を手に入れていった……」
「そうだ。魔物を手に入れるには、一石二鳥の仕事だからな。そして、合成獣たちを簡単に使役するには、やはり、己が強くなければならぬ」
 男が、黒いマントを取り払う。鎧のような銀の鱗に覆われた、太い腕が見えた。
 卓越した筋肉と、全身を覆う鎧。マントの下に隠されていた身体は、魔術師という存在に対する一般的なイメージとは、大きくかけ離れていた。
「ラウリのそばの遺跡……ここを脱出したあなたは、しばらくの間、あそこで過ごしていたようね。その後、才能ある将軍候補を見つけるまで、魔法学院に在籍していた」
「よく調べたものだ」
「遺跡の、研究室……あそこにあった魔方陣だけ、他の部屋の古代文字より新しかったもの」
「なるほどな」
 自らの力を確かめるように、錬金術師は地面に向けて手を突き出した。
 轟音が鳴るとともに石畳がめくれ上がり、土埃が舞う。深いクレーターが、彼のそばに刻まれた。
「〈フレアブラスト〉」
 こちらも小手調べのつもりか、リンファが赤い光線を放つ。カナルは動かず、それを待ち受けた。
 光線は鎧の胸に命中し、爆発し、炎上する。しかし、銀色の滑らかな鎧の表面には、傷ひとつ、焦げ痕ひとつつかない。
 最初に戦った戦獣にも通用しなかった魔法だ。女魔術師の面には、動揺の色は表われない。
「〈ボムフィスト〉」
 彼女がとっさに放った衝撃波は、カナルの脚力に歯が立たなかった。
 かろうじて横に跳んだ彼女のむき出しの肩を、手刀が生み出したかまいたちが裂く。
 形の良い眉が、わずかにひそめられる。それでも集中を乱さず、呪文を唱え続ける。
 カナルが、相手に向き直った。同時に、レイピアが突き出される。
 さすがに魔力を込めたそれを真っ向からは受けられないのか。錬金術師は大きく一歩、跳び退く。
 そのまま、宙を手刀で薙いだ。
 リンファの頬に血の線が引かれる。それでも、彼女は呪文を唱え続ける。
 いつもに増して、その精神は澄み渡っていた。両耳に輝く雫形の精霊石が、緋の月の破壊の力を、蒼の月の護りの力を、思うがままに引き寄せてくれる。そして、内から湧き出る魔力をも。
 超魔法文明時代に使われていた古代語の呪文が、歌うように、その花びらのような唇から紡がれる。
『悲劇の戦場に散りし 破壊のしもべたちよ
 その怒りと嘆きを持て
 愚かなる魂に我が裁きを下さん
 緋き力よ 古の契約に従い
 我が手に集いて 断罪の鎌となれ』
 聞いたことのない呪文に、カナルも身の危険を感じたのか、大きく身を引いて、幾重にも防御結界を張る。
 赤い光が、スラム全体を包んだ。
「なにっ…… !?」
 破壊の波動は、光の中の一点、カナルの身体に収束する。
 リンファが顔を上げた。
「〈スートディザスタ〉!」
 巨大な破壊力が、カナルの身体を押し潰した。

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