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2005年11月18日 (金)

セルフォンの赤い悪夢#32

「そういえば、戦獣のうちの一体は、ずっと奥でうずくまってたままだったな。どういう能力があるのかは、わからないままだったよ」
「その戦獣って……翼のある戦獣?」
 急に何か思い出したのか、リンファが確認すると、シリスは戸惑ったような顔でうなずいた。
 その様子を見届け、魔女は確信を深める。
「そう……あなたを見つけたときにチラッと見たんだけど、その戦獣、もう一体とにらみ合っていたわ。あなたを護ろうとしているようにも見えたの」
 彼女のことばに、シリスは愕然としたようだった。完全に意識を失っていたので、当時のことはまったく記憶に無いらしい。
「最低でも、戦獣二体を同時に相手にする必要はなさそうね」
 相手の戦力を確認して、リンファは表情をかすかに、安堵が見えるものに変える。
「それはそうと……」
 ベッドに横たわって毛布に包まるようにしながら、もじもじと毛布の端をいじり、シリスは困ったように長年連れ添っている相棒を見上げた。
「あの……それで、服は……? 替えの服もあるはずなのに、オレの荷物は一体どこに消えたの?」
「さあ、どこでしょうね」
 リンファは即座に、明後日の方向を見る。
 彼女が真相を知っているのはあきらかだが、捜し回ることもできず、リンファから事実を聞き出す術も持たないシリスには、どうしようもない。
「寒いなら、もう一枚掛けて寝なさい。お腹は空いていない?」
「マスターが持って来たのを食べたし、ちゃんと薬も飲んだよ。大事な決着をつけに行くなら、一緒に行こうよ。足手まといにはならないから」
 シリスは、母親に対する子どものように頼み込むが、
「あなたがいると気が散るの」
 すがるような彼のことばにも、リンファは容赦がない。
 がっくりと肩を落として毛布に顔を隠すシリスに、内心少し同情したものの、彼女としてはここは譲れないところだ。
 余り長居すると、これからもまだ無茶を言い出すかもしれない。そう思い、リンファはそっと出て行こうとするが、それを、シリスが呼び止める。
「待って、これを持って行って」
 身を起こし、思い出したように言って彼がポーチの中から取り出したのは、雫のような美しい石がついたイヤリングだった。魔女は、彼が手のひらに載せたそれから、魔力を感じ取る。
「これは……エルカコムの谷で採れるという、精霊石じゃない。精霊や神に選ばれた者のみが手にできるという伝説があるほど、貴重なものよ」
 イヤリングを手に取り、彼女はじっくり眺めてみる。魔力を秘めた道具などは偽造できないので、怪しいということはない。一時的な魔力を与えた道具などで騙されるのは、本当の駆け出しの魔法使いくらいだ。
 どうやら、この精霊石に込められた魔力には、集中力を高める効果があるらしい。
「どうやって手に入れたのかしら? まさか、市場で……」
「いやその……市場じゃないけど、露店で安く売ってくれたんだ」
「そうなの? 普通なら、三〇〇カクラムは下らないものよ」
 困ったように頭を掻いて答えたシリスは、リンファの計算を聞くと、今度は安く買い過ぎたことを悪く思っている様子で、こめかみを押さえてうなだれた。
「店主はあなたにそれを買ってもらって、不幸な顔をしていたの?」
 リンファと違い、シリスは値切ることは無い。店主の言い値で買ったに違いないと、魔女は見抜く。
「そんなことはないけど……」
 露店商の笑顔を思い出して、吟遊詩人は顔を上げた。
「それじゃあ、活用させてもらいましょう。それが作った人に対しての正当なお礼というものよ」
 イヤリングを手にして、美しい魔女はそれを耳に着ける。最初は左に、次に右に。
 魔力を秘めた雫が、小さく揺れた。耳たぶにかかるわずかな重さはわずらわしくはなく、むしろ心地よくさえあった。
 彼女が真っ直ぐ目の前を見ると、じっと見守っていたシリスが赤い目を丸くして、いつもと少しだけ違う、見慣れた顔を眺めていた。そして、吟遊詩人はほほ笑む。
「似合ってるよ」
 褒められると、リンファも照れくさそうに笑みを浮かべる。
「この事件が終わったら、お礼をさせてもらうわ」
 照れ隠しか、油断していたシリスをベッドに押し付けて、枕元に投げ出されていた濡れた布を額に置いた。
「明日には、すべて終わっているわ」
 何か言いたげに見上げる相手の頭の後ろに手を回して抱え、魔術師は、小声で何かをささやく。
 急に、目の前の身体が力を失う。吟遊詩人は、少し速い寝息をたてていた。
 窓の外の景色は、淡い夜闇色に染まり始めている。
 リンファは早めの夕食をとりながら、時を待った。闇が完全に空を満たす――その、一歩前を。

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