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2005年11月17日 (木)

セルフォンの赤い悪夢#31

  第四章 魔術師二人

 中央広場の、魔法学院からそう遠くないところに、セルフォンの安全を預かる警備隊の本部が居をかまえていた。もともと自警団を市営化したものだが、捜査においては王国軍からも一目置かれる存在である。
 建物は本部にしては質素で、法の神であるアガネルの神殿の一部を借りた白い壁の平屋だった。
 リンファが開け放たれたままの入口をくぐると、すでに顔馴染みの若い警備隊員、ケリンが背筋を伸ばして挨拶する。先の戦獣による連続殺人事件でデルソン隊員が殉職した際、居合わせた青年である。
 軽く挨拶を返すと、魔女は、警備隊員たちに交じっている、見覚えのある姿に目を留めた。
「学院に行くのに迎えに来たわけではなさそうね」
「ええ。今日は、わたしは講義が無いから」
 黒目黒髪の少女が、警備隊で保管している資料を眺めていた。彼女――レレナの存在を、周囲の者たちは意に介していない。
「最初から、知ってたの?」
「知らされていたわけじゃないけど、わかったわ。あなたたちが戦獣との戦いに参加したことは、父さんから聞いていたから」
 レレナは答えながら、資料の束から、一枚のメモを抜き出した。
「今日の日没後数時間のうちに、王国軍が到着するわ。それが知りたかったんでしょう?」
 彼女は、王国軍の予定が書かれたメモをリンファに手渡した。その推理力に内心舌を巻きながら、魔女は受け取る。
 そのとき、レレナが初めて、リンファの目をじっと見つめた。
「なぜ、こんなことをしているの? 依頼料が出るわけでもないし、警備隊と違って、それが仕事というわけでもない。冒険者だから、スリルを求めるの?」
 彼女の言うことはもっともだと、リンファは思った。
 もともと、ただ働きはしない主義なのだ。それがいつの間にか、シリスの意にそうように動くようになっていた。できるだけ、その希望をかなえてやりたいと、今も感じている。
 それで何か得をするわけではない。今回は、レレナの言うスリルどころか、シリスは死の危険すら経験している。
「そうね……」
 一呼吸を考えるのに費やして、無難な理由をひねり出す。
「できるだけ安全に、面倒なく旅をしようと思うなら、先行投資も必要でしょう。特に、拠点にしているセルフォンのことだもの。戦獣にうろつかれるのも迷惑だわ」
 少し疑わしげに見てくるレレナの視線を感じながら、魔女は肩をすくめた。
「あとは……成り行きよ」
「なるほど」
 付け加えた一言が、一番相手を納得させたらしい。
 それで用事は済んだのか、「健闘を祈るわ」と言い残し、奥の部屋に姿を消した。
 一体、彼女は誰の娘なのだろう、と一度周囲を見回すが、リンファはすぐに興味を失い、獣の分析の進展状況や誘拐事件についての新たな情報がないことを確かめると、警備隊本部を後にした。
 通りに出ると、市場や、露店が並ぶ北通りからの賑わいが耳に届く。シリスのために服やグローブを買っていこうか、とリンファは迷うが、すぐに思い直した。買うなら、事件が解決した後がいい。
 人々の噂話に耳をそばだて、遠回りをして〈疾風の源〉亭に戻ったのは、陽も傾き始めた頃のことだった。
「やあ、おかえり」
 一階の店内は、時間帯のせいか、客の姿はまばらだった。すっかり看板猫になったフートがカウンターから、マスターとともにリンファを迎える。
「捜査の進展のほうはどうだい? 何なら、応援を頼むよ。当然、警備隊も真相を知りたいだろうし」
 マスターの申し出に、リンファはカウンターの席に座ると、首を振る。
「応援も警備隊もいらないわ。すぐに片付くもの」
「片付くって……シリスの快復を待つんじゃないのかい?」
「急がないと逃すもの」
 不思議そうな顔をするマスターに、リンファはハーブティーを注文した。
 なぜ、急がなければならないのか、一人で解決しなければならないのか。マスターは色々な疑問を抱いていたが、こういうときにリンファに問うたところで無駄だということは、わかりきっていた。すべては、終わったときに判明するのだ。
 香りのいいハーブティーを口にすると、魔女は、洗い物を拭いているマスターに、少し厳しい目を向ける。
「それで、そちらの様子はどうだったの?」
「え? セントメフィアから来た冒険者は……」
 と、言いかけて、すでに必要そうな情報は話してあることを思い出し、
「ああ、シリスのことなら、とりあえず大丈夫だよ。まだ熱はあるけど、ご飯も半分以上は食べたし」
 じっと確かめるような目に、冷汗を浮かべる。
「だったらいいけど……」
 空になったカップをカウンターに置くと、女魔術師は、周囲の目も気にせず真っ直ぐ階段を登っていった。

 ここ数日は、宿泊客も少ないらしい。空き部屋に囲まれた部屋に戻ると、黄金色の陽が射し込む部屋に、小さな呻き声が洩れていた。
 リンファがベッドに近づき、うなされるシリスの頬に手を当てた。肩を揺すろうとする前に、シリスは目を開く。
「悪い夢でも見ていたの?」
 のぞき込むと、呼吸を整えてから、吟遊詩人はうなずいた。
「昨日のことを思い出して……でも、大丈夫だよ。ただの夢さ」
「本当かしらね」
 汗を拭いてやりながら、リンファは呆れたような声を出す。
「まあ……余り思い出したくないかもしれないけど、あなたにきいておきたいことがいくつかあるの。戦獣の戦闘能力や、あの魔術師について」
 話しながら、彼女は、持ち歩いているティーセットを使い、ハーブティーを入れた。心を落ち着ける効果のあるハーブを使ったものである。
「少し、記憶が曖昧になっている部分もあるんだけど……」
 ハーブティーでのどを潤しながら、シリスは素直に、魔術師に捕らわれてからの顛末を話した。これから魔術師と対峙することになるかもしれないリンファには、貴重な情報だ。

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