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2005年11月12日 (土)

セルフォンの赤い悪夢#28

 何かが、動きつつある。
 そう予感しながら、リンファは、四日目の体験入学のカリキュラムをこなす。今日の彼女の目的は、二時限目にある、『錬金術の基礎』だった。
 珍しく、二人の少女は姿を見せない。別の講義があるのかもしれないと思いながら、彼女はホワラとともに、目的の講義を受ける。
 教授は、白い髭をたくわえた、ベテラン錬金術師だった。
 講義自体は、何年か魔術師をやっている者なら誰でも知っているような、簡単な基礎知識に終わる。
「あの教授は、ここに長くいるの?」
 逃すまいと教室の壇上をじっと見ながら、講義終了間際、となりのホワラに耳打ちする。
「うん、十年以上はいるって聞いたよ」
 カナルのことを知っているかどうかは、微妙なところだった。しかし、直接知らないにしても、情報源を紹介してもらえるかもしれない。
 講義が終わると、リンファはホワラとともに、机の間を縫うようにして壇上に近づく。怪しまれない程度の早足で、それでいて、できるだけ素早く。
 カガンという名の老教授は、見覚えのない、この上ないほど美しい顔に目を見開くが、品位ある態度を崩そうとはしなかった。
「何か質問かね?」
 咳払いをひとつして、重々しい声で二人を迎える。
「ええ。こういう機会があれば、是非聞いてみたいと思っていたことがあるんです。カルヴェラ時代にいた錬金術師について」
 リンファは、単刀直入に問うことにした。
「カナル、という錬金術師の本を読んで、合成獣に興味を持ったんです。色々調べていくうちに、昔ここに居たヨナスという方が、カナルと同一人物だと聞きまして」
「ああ、ヨナスか」
 教授は、その名前について余りいい記憶がないのか、少し渋い顔をする。
「一二年ほど前だったか……革命が起こる前後、ここで講師をやっておったよ。錬金術の中では、合成獣は余り好かれていないからな。陰口を叩く者も少なからずいたが、実力は確かだった」
「評判は、良くなかったんですか?」
「ああ、合成獣のために子どもをさらったとかいう噂すらあって……それは、だいぶ尾ひれがついたものだと思うがな。そういう、研究のためならどんな犠牲もいとわぬ雰囲気はあった。わしの見立てでは、権威欲に取り憑かれておったな」
「権威欲……」
 リンファは、頭の中で今までぼやけていたものの輪郭が、どんどんはっきりしてくるのを感じた。
 最後に、教授にヨナスの容姿をきいてから、教室を後にする。
「リンファ、錬金術にも興味があったの? 意外だったわ」
「知識は、専門外のものでも、色々と身につけておくものよ」
 ホワラに答えて、廊下から、塔の壁際に沿った螺旋階段を登る。次の講義は、最上階の四階の教室だった。
 途中、三階の廊下で、見覚えのある黒髪の少女が手招きしているのが見えた。
「レレナ。どうしたの、こんなところで」
 物静かな少女は、何かを確かめるように二人の顔を見てから口を開き、
「ティアマリンが誘拐されたわ」
 短く、そう告げた。
 ホワラは、どういう意味かわからない、という表情をした。だが、昨日の昼食時の会話があるので、ゆっくりと、彼女の上にもことばの意味が浸透していく。
「そんな……」
 ことばが出ない。意味がわかっても、実感が湧かず、涙も出ない様子だった。
 リンファは、少しだけ、暗い顔をする。ある程度付き合った者でなければわからない程度の、表情の変化だが。
「それで……昨日も、二人?」
「ええ。友人と二人で、他の友人たちとの待ち合わせ場所に向かう、ほんのわずかな間に連れ去られたらしいの」
「警備隊は、捜しているんでしょう……?」
 祈るような目をむけながら、ホワラが問うた。
「ええ、みんな捜してるわ。王国軍の応援も頼んでいて、明日にもセルフォンに来るはずなの」
 淡々と説明するレレナに、彼女はどうしてここまで詳しいのだろうと、リンファは感じる。本以外のことにほとんど無関心に見えるが、この事件にかなり関心があるらしい、とは、思っていたが。
 それだけ知らせると、少女は、次の講義があるらしい教室に入っていった。
「どうするの? 今日は、もう休む?」
 リンファは、立ち尽くすホワラの肩に触れた。
 顔は青ざめ、到底気分がよさそうには見えない。しかし、ホワラはギュッと拳を握り、唇を噛むと、気丈に首を振った。
「行きましょう。ティアは、きっと無事に帰ってくるわ。それまでに、あたしは、護身用の攻撃魔法も勉強しなくちゃ」
 自分に言い聞かせるように言い、勇気を奮い立たせて歩き出す彼女の背中を、リンファは眩しげに目を細めて見ながら、追った。

 冷たく暗い夜が訪れた。
 星は見えず、薄い雲の向こうに見える赤い月の光だけが、地上に頼りない光を注いでいる。時折吹く風のせいで、気温は余計に低く感じられた。
 〈疾風の源〉亭のマスターからコートを借り、リンファがボロボロになった毛皮のマントから作ったマフラーを首に巻いて、シリスは広場のベンチに座った。寒さのせいか、今夜も他に人はいない。
 昨日は、黒尽くめの出現であたふたしていたため、結局グローブを買えなかった理由も話せず、新曲の披露もできなかった。精霊石のイヤリングもまだ、ポーチの中にある。
 渡せるといいな、と思い、奇妙な緊張感に、彼は長い息を吐く。
「もう少しかな……」
 張りつめた空気を振り払うようにつぶやいて、空を見上げた。
 刹那、何かが視界の隅をかすめた。
「誰……?」
 槍を手にして、ゆっくりと、並ぶ木々に近づいていく。
 不意に、背後に気配が生まれた。急接近するそれを避けようと、横に一歩、足を踏み出す。
 その足もとに、強い衝撃を感じた。軸足に大きなものがぶつかり、バランスを崩しかけ、動きが止まる。
 黒いグローブに覆われた手が、シリスの両手の手首をまとめて後ろに拘束する。動けない手から、槍があっさり奪い取られた。
「誘拐犯か……? オレは女じゃないよ」
 いつでも魔法が使えるように集中しながら、あしもとに視線を落とす。何かに押さえつけられている感触があるのに、そこには、何も存在しなかった。
「まさか……」
 ぞくり、と恐怖が背中を駆け上ってくる。
 こもったような、声色のはっきりしない低い声が、背後から響いた。
「大人しく来てもらおう」
 何も答えず、説明せず、後ろから押し付けられる。嘘のように足元が軽くなるが、その原因が常に近くにいることを、シリスは知っていた。
 背後の何者かは、人の気配が無いときと場所を見計らい、時に魔法を使いながら、西を目ざした。
 〈疾風の源〉亭の、近くの小路を過ぎる。飲食店街の賑わいをやや離れたところで聞きながら、さらに西へ。
 誰か気づいて、リンファ、早く――
 心のどこかが叫び出しそうになるのをこらえ、シリスは冷静に振舞う。これくらいの危険は、何度も潜り抜けてきた。これは、ある意味相手の内情を知り事件を解決するための、大きなチャンスだ。
 連れて行かれた先に、今まで誘拐された被害者たちが囚われている――
 そんな希望を抱くが、実際にシリスが郊外の林に浅く分け入ったところで見た物は、まったく違った光景だった。
 白い、光で編まれたドーム状の結界が、闇に輝いていた。檻の奥には、何か大きなものがうずくまっている。
 シリスの脇の後ろから、黒いグローブに包まれた手が伸びた。結界に出入口が開き、そばにいた〈何か〉が、枯葉の積もった地面の上を足音をたてて、檻の奥に駆けていく。続いて、槍と竪琴を奪われたシリスが、突き飛ばされる。
 振り返ると、出入口は即座に塞がれていた。網目状の光の線の向こうに、黒尽くめの姿が見える。
「やはり、あなたが……何故、こんな……」
「話している余裕はあるのか?」
 黒いフードの奥から、鋭い碧眼が向けられる。
 シリスが檻の奥に目をやると、消えていた〈何か〉も、姿を表わしていた。
 灰色の、表面の硬そうな尾を持つ、大きな獣。全身が岩に似た皮膚に覆われ、獰猛に赤く光る目が、獲物を鋭く射抜く。口からのぞく長い牙と両手の爪は、スラムで討たれたあの獣を思い出させた。
「お前はあいつらのエサだ。抵抗しても無駄だぞ」
「今まで誘拐した女性たちも、こうやって……」
「ああ」
 迫り来る戦獣から目を離さないままシリスが問いかけると、魔術師はあっさり答える。今、目の前で死ぬことが確定している者など、何を知らせたところで危険はない、と判断しているらしかった。
 ゆっくり近づく戦獣と、奥で様子をうかがっているような白髪の戦獣を凝視しながら、被害者の生存が絶望的だと知り、吟遊詩人は肩を落とす。
 だが、今は他人の不幸を気にしている場合ではない。
「昨日、二人誘拐したのは……」
「昨日から一体増えた。一人分の魔力では、間に合わないからな。しかし、お前の魔力ならば二体を満たせるだろう……本当は女のほうも捕らえたかったが、後に回すとしよう」
 どうやら、誘拐の対象は性別ではなく、魔力の高さで決まっていたらしい。そうと知ったところで、今はどうしようもないが。
 あと十歩のところまで近づいて、戦獣の姿が消えた。

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