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2005年11月11日 (金)

セルフォンの赤い悪夢#27

 魔法学院の一日は、混乱なく過ぎていく。ただ、魔法の失敗で机が一台燃えたり、ムーナが攻撃魔法の失敗に見せかけリンファを吹き飛ばそうとして防がれたり、ほぼ休憩時間ごとに男性陣がリンファを誘おうとしたり、といったことはあるが、いつものことだった。
「どうやら、昨日も犠牲者が出たようね」
 昼食休憩で食堂のテーブルにつくなり口を開いたのは、珍しく、レレナだった。
 彼女のことばの意味がわからずに、ホワラとティアマリンはそれぞれフォークとスプーンを持ったままでキョトンとなるが、リンファは、即座に少女が話題にしていることを理解する。
「誘拐事件ね。誰かが噂していたの?」
「さっきの休憩時間、教授に聞いてきたの。昨夜の犠牲者は、二人とも学院に通っている娘よ」
 二人とも、ということばに、リンファの形の良い眉がひそめられる。
 誘拐事件の犠牲者は、一晩に一人、のはずだった。何か、犯人の事情が変わったのだろうか。
「ホワラ、あなたも念のために、攻撃魔法のひとつも覚えておいたほうがいいわ。身を守るためにね」
 唐突に言われて、ホワラはつばを飲んだ。
「う、うん……たまには、夜に外出することもあるし……考えておくわ」
「二人なら大丈夫、と思ってたのになあ」
 ビーフシチューをかき混ぜながら、ティアマリンは天井を仰いだ。彼女はよく、友人とともに夜の飲食店街に出かけるという。
 リンファは、犠牲者が二人出たことについてよく考えよう、と心に刻み、午後を過ごしていった。
 すべての講義を終え、リンファは塔を出る。視線を振り切るように早足で門を抜けると、広場のベンチで竪琴を抱えてうなだれている吟遊詩人が見えた。
 歩み寄ると、相手は気配を感じたのか、顔を上げる。その安堵の笑顔を見るとき、自分も内心ほっとしているのだと、魔術師はようやく気づいた。
「お疲れさま。何か、変わったことはあったかい?」
「そうね……警備隊から、昨日の誘拐事件の話は聞いた?」
 リンファがそう問い返すと、シリスは、わずかに表情を変える。答を聞く前に、魔術師は肯定だと読み取った。
「二人で寮までの道を歩いていた院生が誘拐されたんだ。これが、たまたま行き会った二人なら、偶然目撃者になったもう一人も、口封じのために誘拐した……ということになるけれど……」
「最初から、二人誘拐する狙いだったってことね」
 ベンチを離れ、淡いオレンジ色の光の中、歩き出す。今夜は、広場に他に人の姿はないようだった。
「こっちも、変わったことがあったよ。今日、午前中はグローブを買いに、市場へ行ったんだけど……」
 シリスの手に、グローブははめられていない。そのことに気づいたものの、リンファは、今は口を挟まないでおく。
「黒いマントの男が、市場の人込みの中に……ほら、丁度あの……」
 暗闇の中に、動くものがあった。ことばを切って、自分が指さした方向にあるものに、シリスは目を丸くする。
 リンファが振り返った。
 黒い影が、半ば闇に溶け込みながら、木立の向こうを、滑るように横に動く。人間ではない、と二人は直感する。
「待て!」
 シリスが走り、リンファは呪文を唱えながら、少し遅れてそれを追う。
 木の陰になっているためか、通りを行く者たちは、誰も怪しい姿に気がついていないようだった。黒尽くめは、通りを横切り、東区の小路に向かう。
 昼間の経験から、一瞬も目を離してはいけない、とシリスは肝に銘じ、全力で駆けた。リンファとの間が、少し開く。
 人間に似た、黒いシルエットが、人の気配のない石畳の道を、少しだけ浮いて移動していく。本体だとしたら、かなり高位の魔術師だろう。
「待て! あなたは何者だ!」
 再び呼びかけるが、反応はない。
「〈ヘイルストーム〉!」
 小路に追いついて相手を視界に納めたリンファが、容赦なく魔法を放った。宙にきらめく無数の氷の矢が、黒尽くめに向かって突進する。
 それは、確かに闇色のマントの中心辺りを撃ち抜いた。しかし、氷の矢は目標地点で止まることなく、闇に消え、蒸発する。
「実体ではないようね」
「幻体、か……?」
 つぶやきながら、シリスは相手に肉薄し、背負った槍を跳ね上げて右手にかまえると、思い切り突き出した。
 中心をつらぬかれた黒いマントの端が、ひらりとなびいた。ほんのわずかな間、動きを止め、振り返るような仕草を見せる。
 フードを被った顔が、チラリと見えた。金色の髪が頬にかかる、端正な顔が。
「あ……」
 予想通りといえば、予想通りだった。それでも、とっさにことばが出てこない。
 シリスが再び口を開きかけたとき、静止していた姿が、ふっと消えた。
「セルフォンの近くにいるのは間違いないわね」
 となりに追いついてきたリンファが、冷静にそう分析する。
「今のは誘導か、それとも何かの目的で行動していたのを、偶然出会ったのかな」
「相手はわたしたちの顔も知っているし、どちらもありえるわね。問題は、何を目的にして動いているのか……」
「誘拐事件と関係ありそうだね」
 相棒のことばに肩をすくめ、魔女はそう答えた。
 夜闇の中には、もう、黒尽くめが存在した形跡は、微塵もない。闇は何の揺らぎもなく、周囲を包み込んでいた。

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