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2005年11月10日 (木)

セルフォンの赤い悪夢#26

 並んだアクセサリーの装飾のほとんどは、銀や鈍い金色の金属に、原石そのままらしい色とりどりの石がはめられているものだ。金属は磨かれ、翼や羽根、三日月など、自然のものを象っている。それが、ブローチやペンダント、指輪につながっていた。
「ああ、オレが作ったんだ。親父も細工が得意で、何年も教えられて修行したよ。何か、買っていってくれるかい?」
 シリスは、イヤリングを手に取った。水色の、水滴型の石がついた美しいイヤリングだ。それだけが、まとっている雰囲気も、作りも、他の商品と違うように見えた。
「これ……魔力を帯びているね」
 彼が言うと、店主は少し驚いた顔をして、説明する。
「故郷に古くから伝わる谷に、たまに精霊石が見つかる。精霊石は、魔力を高めたり、集中を助けたりする力があるんだ。……安くしとくよ、二〇カクラム」
 カクラム金貨二〇枚。確かにそれは、魔力の込められた物にしては安い値段だった。しかし、とりあえずグローブを買える金額より少し多めの持ち合わせしかないシリスは、腰のベルトに留めたポーチを覗き込み、悩む。
「……明日も、ここで商売してるのかい?」
「してるけど、ひとつしかないし、魔法の道具を集めてるお金持ちに買われるかも。冒険している女性の魔術師は、みんな欲しがると思うし」
 若い店主は、期待の目で吟遊詩人を見上げた。
 腕を組み、シリスは少し悩み――
「わかった。これ、買うよ」
 やっと観念すると、金貨を二〇枚、店主に手渡す。
「毎度あり!」
 サービスなのか、店主が頭に巻いているものに似た、綺麗な模様入りの布にイヤリングを包んで、渡された。日に焼けた笑顔を見ると、シリスは、いい買い物をした、という気になる。
 このまま帰るのも、もったいなかった。吟遊詩人は軽い足取りで、市場に向かう。ポーチに残るのは、金貨一枚。無駄遣いをするには丁度いいくらいだ。
 上機嫌で市場の露店の間を歩く彼を、見知った顔が呼び止めた。
「また、何かの聞き込みかい?」
 シリスに、ダグルの缶詰を買わせたあの露店商である。ダグルの味を思い出し、シリスは少しギョッとした顔をする。
「おや、あの缶詰、口に合わなかったのかい? まさか、本当に腹痛を起こしたんじゃなかろうね」
「いや、あれはおいしく頂いたよ。リンファが、だけど」
 露店商に苦笑を返して歩み寄る。店に並ぶ物は、今日は鎖や留め金、書きやすい工夫が施された羽根ペンなど、実用的な商品が多かった。
「リンファが一緒じゃないとはね。やっぱり、何か探ってるのかい?」
「確かに、調査はしているし、リンファはそのために別行動だけど、オレがここに来たのは、時間潰しのためだよ……本当は、グローブを買いたかったんだけどね」
 周囲を見回し、シリスは再び苦笑する。
「グローブや帽子なら、ララバンのところが品ぞろえも質もいいぜ。一番東の北から三列目だ」
「ああ、覚えておこう」
 常連は、大体店の位置が決まっていた。短期出店の者や新入りは、北通りからの出入口付近に出す決まりになっている。たまに勝手を知らない者が常連の位置を占めることもあるが、大きな問題が起きたことはない。
 特に実用的な物を買う予定も持ち合わせもないので、露店商に別れを告げ、シリスは、ゆっくりと周囲の店を見て回った。
 時折潮風が吹きすぎ、船の出港の笛の音が鳴り響くたびに、市場を出入する客は増えていく。早めに金貨を使い切ってしまおうと決めて、まず、荷物の増えない、食べ物屋が並ぶ辺りに向かう。
 狭い一角に、人の環ができていた。加わって見ると、人より大きいのではないかという鳥が丸裸にされて、たっぷりとたれを塗られ、あぶり焼きにされていた。肉がつやつやと茶色く光るさまと、香ばしい匂いが、食欲をそそる。
「さあ、そろそろ完成です」
 白い服に帽子の、料理人風の男が包丁を取って、怪鳥の表面に格子状に切れ目を入れる。そして、包丁を二本使って一切れ取り出し、串にさした。
「一切れ、四〇〇ターランです!」
 一斉に、買い手の手がのばされる。家族の分を買い込む主婦などに交じって一切れ買い込んだシリスは、早足で人込みを出て隅に行き、とろとろの肉を口にする。
「おいしい」
 誰にともなく言って、リンファの分も買うべきだったかな、と思う。ポーチには、銀貨が六枚残っていた。
 怪鳥の肉を売る店の周囲は、あっという間に人の姿で埋め尽くされた。彼が買えたのは、非常に運が良かったと言っていい。
 もう一本はあきらめ、心の中でリンファに謝りながら、手に入れた戦利品をじっくり味わう。
 彼は昔、東のビオラという町が、近くの谷で巣を増やしている怪鳥に家畜や子どもたちを狙われて困っている、という話を聞いたことを思い出す。当時駆除のために冒険者を募集していたが、もしかしたら、あの怪鳥が駆除されたものかもしれない、とも思う。大きな被害をもたらしていた怪鳥が、今や町の名物と化している――
 もしビオラに寄る機会があれば、確かめてみよう。そしてできることなら、怪鳥の駆除に参加しよう。と、シリスは誓った。
「そこのお兄さん」
 すぐそばからの低い声が、彼を現実に引き戻した。
 たれまで綺麗に舐め取られた串をポーチに入れて、シリスは、白髪の露店商を振り返る。
 老人が広げた布の上にあるのは、様々な楽器や、楽譜だった。
「やはり、詩人さんだね?」
 まるで玩具を見つけた子どものように駆け寄って目を輝かせ、じっと商品を眺める青年に、店主は笑った。
「詩人さん、ひとつ、頼みを聞いてくれないかい」
「何です?」
「これを、弾いてみて欲しいんだよ」
 売り物ではないのか、店主は、脇においていた大きな革製の鞄から、三枚の楽譜を取り出した。題名やメロディーからして、シリスが知らない曲である。
 楽譜を受け取り、まじまじとそれを見下ろすと、シリスは常に背負っている竪琴を抱え、弦を覆う布を取る。
 楽譜を布の上に並べ、体勢を整えると、吟遊詩人は最初の弦を弾いた。
 あふれ出すように、澄んだ音が流れ始める。徐々に流れを速める清流のような、美しく、格調高い曲だった。
 店主は目を閉じ、リズムを取るように何度もうなずきながら、ひとつの音も聞き洩らさぬように、ゆるやかなメロディーを聞いていた。いつの間にかざわめきは去り、聞きつけた客が、彼らの周りに人垣を作る。
 大きなうねりや降り注ぐ雨、水かさを増し荒々しく流れる勇壮な河が流れるさまを表わし、やがて、母なる海に流れ込みたゆたう優しいメロディーを最後に、調べは止まる。
 周囲から、拍手が轟いた。曲に集中していたシリスと老人は、少し驚き、人垣を見回す。
「参ったな……あの、この曲、あなたが作ったんですか?」
 頭を掻きながら、シリスは楽譜を重ね、手渡そうとした。だが、相手はそれを軽く押し返す。
「ああ……昔は、曲を作っては弾いていたよ。だが、わたしはそろそろ引退だ。それは、きみがもらってくれないか」
「でも……」
 『還り往くところ』と題されたその曲は、シリスにはとても貴重なものに見えた。
 迷う彼の様子に、老人は笑みを見せる。
「誰にでも渡すわけじゃあない。これは、腕のある楽士に渡そうと決めていたんだ。貰ってくれると嬉しい」
 シリスはまた少し悩んで、ポーチの中から、残っている銀貨をすべて出した。
「これじゃあ、到底この楽譜の価値には届かないけど……何もないよりは、オレの気が済むから」
「そういうことなら、これはもらっておこう」
 店主は笑い、六〇〇ターランを受け取った。
 シリスは楽譜を、アクセサリー屋で買ったイヤリングと一緒に、布で包みなおした。その布の端を、大切にベルトにくくりつける。
「ありがとうございます。大切にします」
「弾いてくれる人が、聴いてくれる人がいるだけで幸せだよ」
 店主の笑顔に見送られ、シリスは立ち上がる。
 もう、持ち合わせはなくなった。あとは〈疾風の源〉亭で情報収集と新曲のお披露目をしながら時間を潰し、昼食後に警備隊の本部に行ってみよう。
 そう計画を立てて、市場の出口に向かおうとした彼の目に、異質な姿が映った。
 崩れかけた人垣の向こうに遠のいていく、黒尽くめの姿。
「待って!」
 声をかけて、不思議そうな顔をしている人の間を追いかける。人込みに苦労してなかなか進まないシリスの視界の中心で、黒尽くめの姿はどういうわけか、するりと狭い間を抜けて、どんどん小さくなっていった。
 間に合わない。
 そう思った途端、人込みを抜けた。急いで、目標の姿を追って、通りに続く角を曲がる。
 目が離れたのは、黒尽くめが木の陰に重なった、一瞬のことだ。しかし、一瞬後にシリスが角を曲がったとき、周囲には、黒い姿などどこにも見当たらなかった。

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