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2005年11月 9日 (水)

セルフォンの赤い悪夢#25

 翌朝、廊下でリンファと顔を合わせたホワラとティアマリンは、朝の挨拶を交わすと、にやにや笑いを浮かべて体験入学生の手を引き、部屋の隅に移動した。二人の目は、好奇心で輝いている。
「窓から見たわよ、あなたを迎えに来た人。彼とならお似合いだわ。綺麗で、優しそうな人だったわね」
「男性陣はがっかりだったろうなあ」
 からかうような二人のことばに、リンファは軽く肩をすくめる。
 楽しげな友人たちから少し離れた壁際で、レレナは、『初心者にもわかる簡単護身術』と題された本を読んでいた。
 リンファが重要視している、錬金術や魔物知識に関する講義は、今日もない。ただ、講義後の休憩時間にできるだけ教授に講義内容について質問し、親近感を得ようと努めた。もちろん、目的は情報収集のためだ。
 そんな、調査の準備段階のまま、二日目も過ぎてゆく。
 すべての講義が終わり、ホワラたちと別れて彼女が魔法学院の塔を出たのは、大体昨日と同じ時間帯だった。
 彼女が歩き出すと、背後のほうから、多くの視線を向けられているのを感じる。いつものことなので、あえて振り返ることもなく、彼女は門をめざした。
 いつもの姿が門に寄りかかり、腕をさすっている。
「寒いの?」
「いや……何でもないよ」
 シリスは、ほっとしたように笑顔を向ける。まるで、リンファではなく彼のほうが一人では安心できないことを理由に、わざわざ迎えに来ているかのようだ。
 リンファは相手のことばをまともに受け取らず、素早く彼の腕を取った。シリスは、引っ張られて転びそうになる。
 リンファが袖をまくってみると、色白な腕に、青いアザができていた。
「転んでできたアザには見えないわね。どうしたの?」
 有無を言わさぬような視線にたじろぎながら、吟遊詩人は首を振った。
「治そうと思えば自分で治せるし、大したものじゃないよ」
 答えようとしないシリスに、女魔術師は、ずいっと顔を突きつけた。シリスは少し首をすくめ、口ごもりながら、素直に答える。
「その……ちょっと、石を投げられて」
 いつも表情の少ないリンファが、目を見開いた。
「一体どこから? 〈ボムフィスト〉の一発でも撃ち込んでやるわ」
「ま、待ってリンファ、落ち着いて!」
 こちらを見下ろすシルエットが並ぶ塔の窓を見上げるリンファの手を引き、シリスが慌てて止める。
「こんなの、どうってことないんだから!」
「そういう問題じゃないでしょう? 何より、わたしの気がすまないの」
「そのために、これまでの苦労とか、これから先に手に入るはずの情報とか……そういうものを投げ打ってまでやることじゃないよ」
 もともと本気ではなかったのか、それとも、シリスの至極正論なことばで本来の目的を思い出したのか。リンファは仕方なさそうに、身体の向きを元に戻す。
「そうね。彼らにはもう少し、猶予をあげましょう」
 振り返った彼女の目に、腕を押さえる、シリスの手が映った。
「そう言えば、グローブ、まだ買ってなかったのね」
「ん、ああ……明日にでも、市場に行って来ようかな」
 今気づいたように、吟遊詩人は繊細な手を開いてみた。彼は急に風の冷たさを感じて、今度は手をさすった。
 窓から見下ろす無数の視線を背に受けながら、二人は、門を出て歩き出す。噴水のある広場には、恋人同士らしい若い男女が何組か、姿を見せている。
 雲が二つの月を覆い隠しており、夜闇が濃く感じられた。今日は空より、街灯のオレンジの明りが強い。
「シリス、あなた、わたしが来るまでは広場のベンチででも待っていたほうがいいわ。魔法学院には、攻撃魔法ひとつで入学が許されたような、良くわからない者もいるから」
 それは、確実にリンファも含まれているな、と、シリスは密かに思った。
「何だか、嫌な予感がするんだけどね……まあ、門の近くのベンチなら、塔の出入口も見えるから変わりないか」
「心配性ね」
 シリスの嫌な予感は軽視できないと知っているが、リンファには、今までそうだったようにどんな危機も回避できるという自信があった。
「明後日まではカナルに関係がありそうな講義もないし、特に新しい情報はないわ。それまでは、退屈な講義をなんとか受け流すだけよ。たまには、興味深い講義もあるし」
「それで済めばいいんだけど……」
 不安げなシリスをよそに、リンファはやはり、平然としていた。
 翌朝、〈疾風の源〉亭を出て魔法学院に姿を見せたリンファは、昨日の朝と同じように、ホワラとティアマリンに囲まれる。
「ねえ、もしかして昨日、ケンカしてたんじゃない? 駄目よ、多少我慢してでも、彼氏は大事にしなきゃ」
「そうそう。言い寄る男はたくさんいても、いい男ってのは少ないんだから」
 二人のからかうようなことばに、今日もまた、リンファは肩をすくめたのだった。

 誘拐事件が起こるのは夜だけであり、昼間に降りかかる危険はそう多くない。大抵の危険は、リンファ一人で何とかできる。シリスが同行するのは、夜の帰り道だけだ。
 〈疾風の源〉亭の前で学院に向かうリンファと別れ、シリスは一人、港の方向へ歩き出した。
 港町だけあって、この都市の朝は早い。特に港と人々の生活をつなぐ北通りは、人の姿も、運ばれる荷物も多い。幅の広い道の端には人込みができ、中央では、馬車や人力車、馬に乗った人間たちが行き交う。
「さあ、安くしとくよー奥さん。このデルビ魚の干物なんて、三枚で一カクラムだ」
「汚れ物はないかね? どんな染みも魔法のように綺麗さっぱり消してしまうよ。いやあ、実は実際魔法なんだけどね」
「セルフォン港名物、氷まんじゅうはいらないか? 水氷系魔法を利用した、中は冷たく外は温かい、画期的なまんじゅうだよ。甘い物は疲れを取るよ」
 市場だけでは飽き足らず、港付近の道端には、様々な商品を扱う露店が並んでいる。ほとんどは、手に入った意中外のものをここで売りさばいて荷物を少なくしようという、仕入れの商人だ。
 シリスは、丈夫そうなグローブを売っている店はないか見回しながら歩いた。そうしているうちに、綺麗なアクセサリーを売っている店を見つける。
「やあ、お嬢さん……じゃなかった、お兄さんか。何か探しているのかい?」
 何となく近寄っていくシリスに声をかけた店主は、まだ若い青年だった。色黒で、頭に独特の模様が編みこまれた布を頭に巻きつけた姿からして、南方の国の出身らしい。
「ああ、グローブの店を捜しているんだけど……これ、きみが作ったのかい?」
 広げられた集めの布の上に並ぶアクセサリーを見下ろし、彼は、商人には見えない店主にそう問うた。

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