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2005年11月 8日 (火)

セルフォンの赤い悪夢#24

 金髪の、そこそこ美男子といっていい容姿の長身の青年が、頬を掻きながら声をかけてくる。
「あんた……凄い魔法の使い手なんだな。地元の出身なのか?」
「いいえ。ここには、宿から通っているの」
「そうか。なあ、体験期間が終わったら、正式に入るんだろ?」
「それはまだ、わからないわ」
 リンファが相手の意図をつかめずに答える周りで、三人の少女たちは、なにやら期待のこもった目で成り行きを見守っていた。
「その、もしよかったら、今夜家に来ないか? オレは家から通ってるんだ。夜道の一人歩きは危険だし、何なら一緒に帰るだけでも……」
 ここまできて、ようやくリンファも、相手の言わんとすることに気づいた。
「送り迎えなら当てがあるの。親しくもない人の家に行くことなんてしないわ。女友だちが欲しいなら、他を当たるのね」
 青年はがっくりと肩を落とし、友人に慰められながら退散していく。いつの間にか食堂じゅうが注目していたらしく、静まり返っていた辺りにざわめきが戻ってくる。青年は、テーブルで待っていた友人たちに、「抜け駆けするなよ」「元気出せよ」などと声をかけられていた。
「彼、けっこういいところのお坊ちゃんだよ。もったいない。それにしても、会ったその日にとは、大胆だね」
「あたしたちには見向きもしなかったわね」
 年頃の娘らしく、ティアマリンとホワラが興味津々で男性陣のほうを盗み見る。レレナのほうは、すでに関心を無くし、本に集中しているが。
 同じくらい平然としているリンファに、ホワラが他人の事情を面白がるときの独特の笑顔を向けた。
「ねえ、送り迎えの当てって、男の人?」
「ええ……そうよ」
 少し考えてから、別に隠すこともないだろうと判断し、リンファは答えた。
 ふと、シリスは今頃何をしているだろうか、という思いが脳裏をよぎるが、それを顔に出したりはしない。
 彼女の答に、なぜか、ホワラとティアマリンは嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ねえ、どんな人なの? その人って、もしかして……」
「そろそろ、午後の講義が始まるわよ」
 レレナが言い、立ち上がる。
「待ってよ、まったくレレナはせっかちなんだから……」
 ティアマリンが慌てて空の食器が載った盆をカウンターに運ぶ。
 それを眺めながら、ホワラはリンファのとなりでささやいた。
「こういうことは、余り詮索するべきじゃなかったわね。でも、気が向いたら教えてくれる?」
「そのうち教えるわ」
 リンファの適当な答えに、ホワラは嬉しそうにうなずいた。
 その後、午後の講義の時間は問題なく過ぎていった。基礎的な魔法知識や実践など、どれもリンファにとってはすでに知り尽くしたことばかりだったが、退屈だからといって怠ける性質でもない。彼女は、基礎のおさらいという気持ちで講義を聴いていた。
 食堂での夕食を挟み、最後の講義が終わる頃になると、外はすっかり陽も落ちていた。
「明日もあたしが案内するから、わからないことがあったら何でも言ってね。それじゃあ、バイバイ」
「お疲れさま」
 玄関で最後まで付き合っていたホワラと別れ、階段を登っていく背中を見送ると、リンファは魔法学院の塔を出る。
 夜のひんやりとした空気に包まれ、ふと見上げると、満天の星々が輝く。街の喧騒はすぐそこにあるのに、この建物の周囲だけは、静けさに包まれている。
 中央広場を囲む通りへの、石畳の道を少し歩くと、前に連なる石の囲いの中央、門の隅に、見慣れた姿を見つける。
 まだこちらには気がついていないのか。竪琴を背負った青年は、つまらなそうに、通りに目を向けている。
「シリス」
 歩み寄って声をかけると、吟遊詩人は驚いたように振り返り、次に、嬉しそうな笑顔を見せた。
「リンファ。けっこう遅いんだね。これは、住宅街に住んでる地元の女子院生は大変そうだな」
「だいぶ待たせたみたいね」
 二人は肩を並べ、〈疾風の源〉亭への帰路を歩き出す。
「それで、どうだった、院生生活は?」
「調査はまだ、下調べの段階だけど……とりあえず、退屈はしなさそうね」
 周囲には、人の姿が少なくなりつつある。ただ、飲食店が並ぶ西通りは、昼間よりも賑わっている。
「ところで、あなたは今日、店で一日じゅう歌ってた、というところかしら? 通りに出たとき、見当たらなかったものね」
「午後は警備隊の本部に行っていたよ。確かに、思う存分歌ってたけどね」
 西通りに入って間もなく、何度も目にした看板が掲げられている。窓から洩れる明りに映る影や、談笑する声からして、今夜も〈疾風の源〉亭は、周囲の食堂や酒場に劣らぬほど賑わっているらしい。
 ドアを開けると、壁掛けのカンテラやテーブル上のランプに照らされた店内のざわめきが押し寄せてくる。
 カウンターに座っていたフートが、一声鳴いて二人を迎えた。
 テーブルがすべて埋まっているので、シリスとリンファは、黒猫のそばの、カウンターの席につく。
「やあ、帰ってきたねえ、院生さん」
 マスターがウェイトレスのシェサに料理を渡しながら、機嫌よくリンファに声をかける。向こう一週間だけ見習いということになった女魔術師は、ええ、と生返事をして、夜食のメニューを考える。
 リンファは、片ゆで卵のパイといつものハーブティー、シリスは米団子の串焼きを注文した。マスターが厨房に入る間、シリスが周囲に注意を向けながら、口を開く。
「警備隊の人から話を聞いたけど、エンデーヌ将軍がセントメフィアの軍に入ったのは、一二、三年ほどまえのことらしいね。そのとき、魔術師も一緒に部下として入ってきたようだよ」
「王国軍では、身元は調べなかったのかしら?」
「実力を見て、それで許可が下りたようだね……リンファも言ってたじゃないか。〈ヘイルストーム〉の一発も見せたら、魔法学院から許可が下りたって」
「実力主義の世界だものね」
 先に出されたハーブティーの香りを楽しみながら、リンファは納得した。
 戦いに賭けられたものは、命や国、財産など、どれも重大なものだ。そして、戦いに必要なのは地位や名誉、確かな身元などではなく、戦うための能力、ただそれだけである。
 その上、優れた魔術師は、一人でも兵士何人分もの働きをする。魔術師を一人でも多く確保するのは、各国々の重要課題だ。
「あと、誘拐事件についても、ちょっと聞いて来たんだけど……」
 マスターが料理を運んで来たので、シリスは一旦ことばを切って、盆を受け取る。串をつたい、蒸した米を練って作った団子の中から、飴色の餡が漏れ出していた。
「昨日は、夜中にスラムの近くを歩いていた娘さんが誘拐されたらしい。警備隊は、聞き込みを本格化させているようだ……スラムや周辺の捜索もしているよ。今日の夕方には、警備隊員が郊外で奇妙な焼け跡を発見したらしい」
 リンファの、パイの皮をフォークで突き崩していた手が止まる。
「南の焦げ跡とクレーターなら、今朝わたしがやったことだけど?」
 平然とした彼女のことばに、シリスは椅子から落ちそうになる。
「リンファ……魔法学院の授業で、一体、なにをやったんだい……?」
「大したことじゃないわ。魔法の実践の講義で、攻撃魔法を使ってみろというから、やって見せただけ」
 嘘をついているとは思わないが、一体どんな講義なんだろう、という思い入れで、吟遊詩人はふう、と一息ついて、話を続ける。
「まあ、南の郊外ではないよ。西の林の辺りらしいんだ。旅人が一泊しただけかもしれないけどね」
「街がすぐそこにあるのに?」
「ああ、何か事情がないと、セルフォンの目と鼻の先で野宿なんてしないだろうな。東に不審者が良く出入している洞窟があるとか、スラムのいくつかの廃屋に人が寝泊りしていた形跡があったとか、他にも可能性は狭まっていないよ」
 マスターが出したココアを一口すすり、すり寄って来たフートの顎を撫でる。のどを鳴らしながら、黒猫はシリスの膝の上に移り、丸くなった。
「今夜もまた、誘拐事件の犠牲者が出るのかしらね……」
 溜め息混じりに言って、リンファは窓の外を見る。
 この世闇の中でまた、新たな犠牲者が助けを求めているのかもしれない。
 何も不安なことなどないはずなのに、どこか、気の重い時間が過ぎていった。

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