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2005年11月 7日 (月)

セルフォンの赤い悪夢#23

「行きましょう。遅れちゃう」
 ホワラがリンファの手を取って、早足で歩き出す。その歩き方から、彼女が相当頭に来ているのは明らかだ。
 不思議がる他の院生や道行く人々にかまわず、二人は早めに郊外に辿り着く。
 講義の生徒が全員集まったと見ると、アリッシャーは少し南方訛りのある話し方で攻撃魔法の基礎を簡単に説明し、続けて呪文を唱え、大きな氷塊を出現させた。
 氷塊を五つほど作り出して、彼は生徒たちを見回す。
「いいかい、〈ファイアーボール〉だ。まずはわたしがやってみせよう」
 言って、彼は呪文を唱え始め、緋の月の力を導く。魔力が手のひらの上に収束し、やがて、炎の球となって浮かび上がる。
 息を飲んで見つめる院生たちの前で、教授はそれを、余り力がこもっていないような調子で放り投げた。
 燃えさかる拳大の球体が、氷塊のひとつを蒸発させた。白い蒸気が噴き上がり、すぐに宙に消える。
 どうやら、実力のほうはそれなりにあるらしい、と、リンファは評価した。
 教授は再び周囲を見回し、近くにいた院生にやってみるよう言った。攻撃魔法を知らないらしい金髪の青年に呪文を教え、〈ファイアーボール〉を使わせる。この講義に出る者は皆、精神コントロールなどの基礎はすでに学んでいるらしい。
 青年の手のひらに、少し頼りない火炎の球が現われる。それを投げつけると、火球はふらふらと宙を飛んでいき――氷塊の手前で、かすかに煙を残して消える。
 どっと笑いが起こった。青年は恥ずかしそうにうつむく。
「先生、あたしがやるわ」
 笑いが収まりかけたとき、自ら進み出たのは、赤毛の、ムーナという、あの赤毛の女だった。
 彼女は流暢に呪文を唱え、教授に劣らぬ大きさの火球を作り出すと、一番大きな氷塊めがけて投げつけた。火球は勢いを失うことなく飛び、一番大きな氷塊を蒸発させた。
 今度は拍手が起こり、彼女は胸を張る。
「素晴らしい。誰か、彼女に続こうという者はいるかね?」
 アリッシャーが周囲の顔ぶれを見回すが、多くの者は、首をすくめた。ただ、ムーナは勝利の笑みを浮かべ、口を開く。
「だったら、彼女に挑戦してもらえばいいと思いますわ、アリッシャー先生。初日にこの講座に出るなんて、よほど自信がおありなんでしょう?」
 彼女が指をさしたのは、今までこの講義になかった姿――リンファだった。
 本人は平然と周囲の注目を受け止めるが、横から、ホワラが慌てて前に出る。
「今日初めて学院に来た人に、いきなり実践をやらせようなんて無茶よ。体験入学はできるだけ多くの講義をとるようにカリキュラムを組んであるんだから、この講義に出たっておかしくないじゃない」
「べつに、失敗して単位を落とすってこともないのよ?」
 意地の悪い笑みを浮かべ、ムーナは答えた。
「できないなら、それでいいじゃない。さっきの子みたいに、ちょっとみんなに笑われるくらいのものだわ」
 先ほど皆に笑われた青年は、隅で落ち込んでいる様子だった。ムーナはそちらを一瞥すると、軽い調子で言う。
 ホワラがキッと睨みつけ、口を開きかけると、軽く腕を引かれる。
「いいの、ホワラ。挑戦してみるわ」
「でも……」
 驚く相手を視線で黙らせ、リンファは前に歩み出る。
 どこかから、口笛が聞こえた。男性陣のなかでは、何か小さくささやき交わすような声も洩れている。
「さあ、見せてもらいましょうか」
 ムーナが薄ら笑いを浮かべて場所を空けると、リンファは無言で歩み出る。
 彼女にとっては、ムーナの視線も、周囲のざわめきも、どうでもよかった。あっさり意識の外に締め出し、早口に呪文を唱える。
 オレンジ色の球体が、のばした手のひらの上に出現する。ほのかに温かい感触に目を向けると、ムーナと教授、院生たちが少し驚いたような顔をしていた。
 ひょいと、人さし指で氷塊が並ぶ中心を示す。
 尾を引いて、火球が勢いよく飛び出した。それは氷塊の表面にぶつかると、炎を噴き上げて爆発し、地面にクレーターを作る。
 氷塊は、すべて霧散した。
 一部始終を見届けて周囲に並ぶ者たちは、茫然と目を見開く。
「やりすぎちゃったかしら」
 細く煙が立ち昇る辺りを見て、リンファは肩をすくめた。

 講義の半分以上を終えたところで、昼食となる。寮と通路で続いた建物にある食堂で、ホワラと一緒に食事をとっていると、二人組みの少女が近づいてくる。
 長い黒髪の少女はレレナ、茶色の短髪の少女がティアマリンと名のる。二人は、ホワラの友人だという。
「さっきのは、本当にすっきりしたよ。あいつら、いつも嫌味なことばかり言ってるからねえ」
 串焼きの焼き魚に、豪快にかじりつきながら、ティアマリンは周囲の目も気にせず笑った。幸い、というべきか、ムーナとその取り巻きの姿はない。
「あんまりそういうこと言ってると、恨みをかうわよ。ただでさえ、最近物騒なんだから」
 レレナはすでに昼食を食べ終え、コーヒーを飲みながら本を読んでいる。本の表紙には、『合成魔術理論』と表題が書かれていた。
「物騒って、誘拐事件のことかしら?」
 海草サラダを口にしながら、リンファは何気ない調子で問うた。
「そう、その事件よ。寮に入ってる子はともかく、家から通ってる子は注意したほうがいいわ。ティアは地元だし、夜遅くまで講義がある日もあるんだから」
「誘拐犯があたしの前に現われたら、魔法でぶっとばしてやるよ」
 友人のことばに、ティアマリンは自信満々に胸を張る。
 その様子に、薄切りチーズと肉を挟んだパンを手にしたホワラが、あきれたように肩をすくめた。
「そう言って、もう三人も誘拐されているのよ。イルニッドなんて、精神コントロール講座で一番だったじゃない」
 どうやらこの三人は、被害者とは直接の友人というわけではないものの、面識くらいはあるらしい。
「事件は、警備隊が捜査してるんでしょう? 何か、被害者に共通する、誘拐される理由になりそうなことはないの? みんな家が金持ちだったとか、特定の分野が得意だったとか」
 カナルについては、カルヴェラ時代を知らない院生らにきいても仕方がない。リンファはとりあえず、単純な興味で誘拐事件の情報を集めてみることにした。
 彼女の質問に、三人は考え込むようにうつむき、あるいは天井の辺りを見る。
「んー……サミサは西方出身のお金持ち、イルニッドは五年前にフィアリニアから引っ越してきた宿屋の娘だし、アラマダは地元に住んでた普通の家の子だし……得意分野だって、特に共通点は……」
「うん、特にないと思う」
 ホワラのことばに、ティアマリンが同意する。
「みんな、夜遅くに家に帰ろうとして、家までの間に足取りがつかめなくなった……目撃者は誰もいない、という点だけがそれぞれの誘拐事件の共通点ね」
 本を読み進めながら、レレナが付け加えた。
 どうやら、警備隊で聞くことができた以上の話は聞けそうにない。リンファはそう結論付けて、ハーブティーに手をのばす。
 すると、前方から、並んだ正方形のテーブルの間を縫って、三人の青年たちが近づいてくる姿が視界に入る。
 彼らがテーブルを挟んだ向かい側に立つのを見ながら、リンファは、なぜ閉じられた空間に暮らす者たちは徒党を組もうとするのだろう、と思っていた。

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