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2005年11月 5日 (土)

セルフォンの赤い悪夢#22

「な、何でもないよ。リンファはオレよりしっかりしているから、警備隊でも上手く情報を手に入れられるだろうな、って話をしていただけ」
「本当かしらね」
 余り関心のない調子で言って、女魔術師は、吟遊詩人の向かいの席に座った。
「色々と話は聞けたわよ。獣の身体の分析のほうは、進展がないそうだけど」
 マスターが、リンファのためにハーブティーを作り始めた。すでに閉店時間が差し迫っており、自主的に去って行く客の姿が目立ち始めている。
「カルヴェラ革命時代にここにいた警備隊員のなかに、あの魔術師らしい男を知っている人がいたの。昔は魔術師学院にいて、ヨナスと名のっていたらしいわ」
 セルフォンの中央広場に面した施設の中に、魔法を学ぼうという者たちが集う、魔法学院がある。魔法大国フィアリニアには及ばないものの、ナーサラ大陸最大の国であるパンジーヒアも、魔法研究の分野には熱を入れていた。
「魔法学院か……当時いた人に話を聞けないかな」
「あの学院は排他的なところがあるの」
 溜め息交じりに言って、リンファはマスターから受け取ったカップ入りのハーブティーを口にした。
「でも、魔術師の素質があれば、入るのは簡単なのよね。一週間の体験週間、というのもあるらしいの」
 彼女の言わんとするところを察して、シリスは目を見開いて相手を見つめる。その顔に浮かぶのは、心配そうな表情。
 無表情だったリンファは、かすかに苦笑した。
「大丈夫よ、何も心配するようなことはないんだから。実は、もう手続きは済ませてきたの。〈ヘイルストーム〉の一発も見せてあげたら、即許可が下りたわ」
 〈ヘイルストーム〉なら、周囲への被害は大きくない。シリスは、リンファが得意の火炎系魔法を選ばなくて良かった、と密かに思う。
「しかし、魔法学院と言えば、女子院生で誘拐事件の被害者になった者も多いね。地元の者が、学院から家に帰る間に消えるパターンが半分くらいだ」
「やっぱり心配だな。宿に戻るときには迎えに行くよ」
 マスターのことばを聞き、真面目な顔で言うシリスに、リンファはおもしろがるような、意地悪な表情で目を向けた。
「そんなに心配なら、あなたも一緒に学院に潜入したら? 魔力はあなたのほうが強いんだし、ちゃんと勉強すれば、わたし以上の魔術師になれると思うわよ」
 彼女の提案に、シリスは、突然飛んできた石に当たったような顔をする。
「オレは、勉強なんて向いてないよ。そんな時間があるなら、新しい曲を考えていたほうがずっと有意義だよ」
「まあ、シリスは神聖魔法向きかもしれないね」
 ぶんぶん首を振る吟遊詩人の様子に吹き出しそうになりながら、マスターが助け舟を出す。
 周囲は、徐々に静けさに包まれていく。このまま〈疾風の源〉亭に宿泊する客以外は、すでにほぼ全員が代金を払い、帰路についていた。
 窓の外では、蒼の月が三日月の緋の月の光を押しのけ、家へ急ぐ人々の行く手を照らしている。
 故郷も知れぬ旅人たちに、家はない。シリスとリンファにとっての家が、この店なのだろう。
「そろそろ、休もうか」
 温かいベッドが恋しくなって、黒猫の背中を撫でながら、シリスは階段を見上げた。
 旅人たちにとっては大切なことのひとつに、安心して休めるときに安心して休めるところで休む、ということもある。ときに緊張の連続にもなる、明日に備えるために。
「おやすみ、マスター」
 間もなく閉店となった一階の酒場から、旅人たちの姿が消えていく。
 ランプの火を吹き消し、暗くなった店内を見回しながら、マスターは、リンファが戻ってくる前に感じた妙な気配を思い出し、胸騒ぎを覚えていた。

 セルフォンの中央広場に面した、塔のような建物が、魔法学院である。ナーサラ大陸のどの国、どの町でも、優れた魔法の使い手には、働き口が約束されている。冒険者志望の者だけではなく、さまざまな目標のために魔法を学ぼうという院生が通い、あるいは、寮生活を送っていた。
 リンファは一週間の体験入学生として、アマリという名の担当者に、各講義の生徒や教授に紹介された。
 その、人の目を引き付けずにはおられない容姿である。彼女の名は、すぐに学院全体に響くことになった。
「何か、興味のある分野はある? あたし、案内するわ」
 すぐにリンファとともに行動するようになったのは、アマリから案内役を任された、ホワラという名の若い女だった。長い栗色の髪を三つ編みにした、見るからに真面目な優等生といった様子の院生だった。
 院生は、皆、灰色の地味なローブを身につける。当然リンファもローブ姿だが、それで彼女の美しさが損なわれることはない。
「そうね……攻撃魔法でどこまで破壊力を強くできるか、とか……どこまで痛みも気配もなく、相手に気づかれずに目的を遂行できるか、とか」
 どの講義を取るかは、それぞれの院生が欲しい知識による。リンファが渡された一覧には、『基礎魔法学』、『魔法の歴史』、『属性学』、『精神コントロール・集中力講座』、『魔法戦術理論』、『限界に挑戦する攻撃魔法』などといった講義名が並んでいた。
 リンファの物騒な選択に、ホワラは少し引き攣ったような笑みを浮かべる。
「それじゃあ、アリッシャー先生の攻撃魔法の講義だね。ちょっと怖いけど……」
「怖い? あなたは、攻撃魔法の使い手にはならないの?」
 リンファが問うと、ホワラは首を振る。
「あたしの家は伝送者の家系で……あたしも、魔法で遠くの魔術師と連絡をとる仕事を継ぎたいの。できれば、空を飛ぶ魔法も使えるようになりたかったけど、魔力がそんなに高くないから……」
「練習すれば使えるわ」
 あっさり言うリンファに、彼女は、自信なさそうにうなずく。余り、相手のことばを本気にしていない様子だ。
「うん……そろそろ行こう。講義が始まっちゃう」
 実戦をともなう攻撃魔法の講義は、大抵屋外で行われる、と彼女は説明した。白髪混じりのアリッシャーという茶色のローブの男は、集まった院生を郊外に案内する。
「あら、ホワラがこの講義に出るなんて珍しい。体験入学生のお守り?」
 郊外へ向かって通りを行く間、赤毛の女が、取り巻きらしい少女たちとともに近づいてくる。
「やめてよ、ムーナ。そんな言い方、失礼じゃない」
「顔は良くっても、頭のほうは、どうかしら? 二つの月は同時に満ちない、って言うものねえ」
 ホワラの注意も聞かず、ムーナと呼ばれた女はあからさまに挑発する。
 リンファはただ、黙っていた。

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