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2005年11月 2日 (水)

セルフォンの赤い悪夢#20

「奥が研究室、あとの二つは壁に文字が書いているだけの部屋です。おそらく、寝泊りするための空間でしょうね。すべて見て回りますか?」
「ええ」
 リンファが即答した。
 魔術師である彼女のほうが、遺跡や魔法関係の研究についても詳しい。シリスは、ここはリンファの判断に任せることにする。
 レックスは、カンテラを高く掲げて足元を照らし、手前から順に入ってみることにしたらしい。
 一番手前にある出入口をくぐると、ドーム状の空間が広がった。天井は高く、壁との間につなぎ目はない。床に近い部分と出入口の縁は暗い赤で塗られ、クリーム色の壁を、等間隔に、文字や絵が描かれた帯が横断していた。
 帯に書かれた文字は、それぞれの帯によって違うらしかった。
「確かに、超魔法文明時代の遺跡のようね」
 周囲を見回し、リンファはそれだけを口にして沈黙する。
 彼女には、描かれた古代文字から、もっと様々な情報が読み取れているはずである。それを声に出さないのは、得た情報を王国兵に知られたくなのだろう。
 王国兵はリンファが古代文字を読めることなど露知らず、次の部屋に移る。
 三つ並んだうちの中央にある部屋は、最初の部屋と良く似ていた。ただ、天井に、大人がくぐれそうなくらいの穴が開き、外からの光をかすかに注いでいた。
「煙突か……それとも、脱出口かしら?」
「住んでいた人々は研究者か、魔術師らしいですからね。脱出口かもしれません」
 上はチラリと見ただけで、壁の帯に並ぶ文字を指先でなぞりながら、リンファが大した興味もなさそうに言う。それに律儀に答えて、レックスはうなずいた。
「ここも、先ほどの部屋も、学者たちにとっては余り発見のない部屋かもしれませんね。次の部屋が、興味を引きそうですよ」
 旅人たちが一通り見終えたと判断すると、王国兵は、最後の部屋に案内する。
「触れると石が落ちてくるので、気をつけて」
 入口で、すねの高さに鎖が張られているのを警告しながら、彼は、今までの部屋より大きな空間の中央まで先導する。
 壁際に、牢屋のような、格子がはめられた空間が三つ並んでいた。その向かいには段差があり、部屋じゅうを見渡せる一番高い所に、石造りの四角い屋根と長椅子が見える。
 一番奥には、少し高くなった正方形の床に、魔方陣のような紋様が刻まれていた。その近くには、逆に、正方形のくぼみもある。
「ここで、様々な研究を行っていたのかもしれません。まあ、同僚の中には、ここは研究室じゃない、拷問部屋だったに違いない、というヤツもいますけどね」
 苦笑するレックスの横から、急にリンファが歩き出す。
「何かありました?」
 王国兵とシリスが追うと、リンファは、魔方陣のようなものの前で立ち止まり、その紋様を覚えようとするかのように見渡した。
「……何でもない。ただ、書物で似たようなものを見た気がしたの。でも、違ったわ」
「そうですか……まあ、学者が見れば、色々とわかることもあるでしょうね」
「そうね……それじゃあ、帰りましょうか」
 もう、この遺跡で見るべきところは見た。
 そう判断した彼女の意思に従い、三人は来た道を引き返していく。どうやら、何か新しいことがわかったようだと、シリスは思う。
 将軍への礼を言付け、レックスとは、遺跡の出入口で別れた。すでに朝食は済ませているが、誰か知っている顔ぶれに会えるかもしれないと思い、とりあえず村に向かう。
「何か発見はあったかい?」
 林の中で、シリスは前を行く魔術師に問いかける。
「ええ……あれは、錬金術師の研究所ね。それも、合金ではなく合成獣を研究するための、ね」
「それじゃあ、昨日の魔物も……?」
「その可能性はあるわ」
 肯定する彼女のことばに、シリスは、腕を組んで考えをまとめようとした。
 彼の頭の中心にあるのは、宿屋に泊まっている特殊魔法部隊のことだった。リンファが説明した内容からして、エンデーヌ将軍が魔物一掃のために使った手段と無関係とは思えない。
 村に戻ると、二人は宿屋をのぞいてみた。主人の話では、早朝、村を出て行ったという。
「一晩だけの滞在だったみたいね。やはり、掃討作戦のために来たとしか思えないわ」
「一体、何を使ったんだろう……? 遺跡の調査のためかと思っていたのに、掃討のためだけにあれだけの人数が来たのかな」
「その割には、全員宿にこもったままだったようだけど」
 宿を出て、村の出入口に向かう道すがら、リンファはふと、立ち止まった。
「わたしは、あの魔術師が気になるの。エンデーヌ将軍が登用されたとき、一緒に魔術師も軍に入ったと聞いた気がするけれど……詳しいことを調べるには、ここでは無理ね」
「セントメフィアに行くか、そこに情報源を持たないとね」
 シリスは小さく肩をすくめた。
「とにかく、一旦セルフォンに戻ろう。そこでセントメフィアに行く準備をするなり、〈疾風の源〉亭のマスターに知恵を借りるなりすればいいさ」
「また、依頼料の出ない仕事が増えそうね」
 嫌そうに言いながら、女魔術師は吟遊詩人の肩を引き寄せ、灰色のマフラーを首に巻いてやった。
「おーい」
 聞き覚えのある、若い声が呼びかける。少し照れくさいのか、シリスは慌ててリンファから離れ、早足で近寄ってくる姿を振り返った。
 現われたのは、少年剣士のローグと、エルフの僧侶セリオだ。自警団の見回りの途中らしい。
「もう帰るのか?」
「ああ。遺跡の見学は終わったからね」
 少し名残惜しそうなローグに、シリスはほほ笑みを返した。
「昨日は、自警団の実力を見せてもらったね。きみたちなら、何があってもこの村を護り切れそうだな」
「昨日は、王国兵やあんたたちがいなかったら勝てなかっただろうし……」
 少年剣士は相手から目をそらし、照れたように頭をかいた。日焼けした頬が、心なしか赤く染まっている。
「まだ、礼も言ってなかったよな。あんたが助けてくれなかったら、オレは溶解液を頭から被ってたかもしれない。助かったよ」
「そんなことか。どういたしまして」
 言いにくそうなローグの様子をほほ笑ましく見ながら、吟遊詩人は気楽に応じる。
 その彼の前に、成り行きを眺めていたエルフの僧侶が進み出た。
「昨日は本当に、助かりました。あなたたちには戦う義務もなかったのに、ラウリのために力を貸してくださったこと、忘れません。また機会があれば、是非ジェッカ教会にも寄ってください」
 言って、彼は右手を差し出す。
 最初に会ったときとは、表情も雰囲気も、まったく違う。端正な顔にのんびりした笑みを浮かべ、彼は旅人たちを見つめた。
 信頼を得たかな、と思いながら、シリスはセリオの手を握った。
「ジェッカ教会には、お世話になることも多いからね。次に来たときは、真っ先に教会に行こう」
「〈緑のオアシス〉亭にもだぜ」
 ローグが付け加え、シリスは苦笑しながらうなずいた。
 話が一段落したと見て、リンファが前に出る。
「そろそろ、行きましょうか。他のみんなにも、よろしく伝えておいて」
「ああ。気をつけてな」
 ローグとセリオに見送られて、二人の旅人は、村を出た。その背中が消えてから動き出す自警団の若者たちは、いつか旅立ちの日を迎えることを夢見ながら――再び見回りへ。
 セルフォンへは、歩いてでも、昼過ぎには到着する。旅人たちはのんびりと、草原の真ん中にのびる、土を固めただけの道を歩いた。
 村を出て間もなく、リンファはようやく存在を思い出したように、ベルトで留めて背負っていた、エンデーヌ将軍に渡された剣を取り出した。
「まあ……毛皮のマントの分は、取り返したかも知れないわね」
「オレは赤字だよ。マントのほうが残念だけど……」
 と、シリスは、普段は革のグローブに包まれているはずの両手を開いてみせる。
「セルフォンで新調しましょう。一番欲しいのは情報だけど」
「マスターに頼んで、警備隊や他の冒険者から、将軍関係の情報を引き出せるといいな。セントメフィアへ行くには、さすがに遠いからね……」
「あの獣の分析のほうも、何か進展があるかもしれないわ。どこまでセルフォンの警備隊に伝わるかが問題だけど」
 肩をすくめ、剣を背負いなおし、女魔術師は吟遊詩人と並んで歩く。
 行く手の晴れた空を見上げ、シリスは、ふとそれが闇色の霧に見えて、頭を振った。もう一度見上げたそこには、ただ紺碧の空が広がっているだけだった。
 朝露に輝く茂みの葉を見ながら、少女は、桶を手に花壇に水をやっていた。ラウリの畑はほとんどが野菜のためのもので、観賞用の植物を植えることは少ない。
 少女が持つことを許された少ない空間に、彼女は、半分に芋とママルを、半分に花を植えた。姉と二人暮らしの彼女たちの食糧は、姉が作る分の作物でこと足りた。
 茂みが、不意に揺らいだかに見えた。
「誰?」
 声をかけてみる。
 すると、素直に、相手は姿を現わした。
 まるで、巨人のように大きな身体。白髪に金色の目で、腰から下は鱗が形作る鎧のようなものに覆われている。背中には、灰色の、閉じた翼のようなものが突き出していた。
 不思議と、怖くはなかった。殺気や闘気というものが、まったく感じられないせいか。
「ねえ……どうしたの?」
 奇妙な目で周囲を見回す男に、少女は、慎重に話しかけてみる。
 男は、どこか困ったように、一度彼女を見た。
 泳いでいたその目が、少女の背後の鮮やかな花々の上に留まる。
 それに気がついた少女は、花の中から、彼女が一番気に入っている紅色のものを一本折り、振り返った。
「よかったら、これ……」
 差し出した先に、男の姿はなかった。
 一陣の風が、どこかから葉を吹き流す。男が立っていたはずの地面にも、彼の痕跡は何ひとつない。
 彼は行ってしまった。もう、行ってしまった。
 妙な寂しさを感じながら、少女はしばらくの間、花を掲げながら、立ち尽くした。


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