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2005年11月 1日 (火)

セルフォンの赤い悪夢#19

「お姉ちゃん!」
 妹の前で太腿に火傷を負い、サンディアが転がる。セリオが彼女を離れた所に誘導し、治療魔法用の呪文を唱える。 
「〈マナグラント〉」
 リンファが早口で呪文を唱えると、ローグの剣に魔力を込める。
 少年剣士は、剣が軽くなったような気がした。今までにない感覚に少しだけ戸惑うが、戦闘中に驚いているわけにはいかない。薄っすらと赤い輝きを放つ刀身を一瞥すると、振り回される脚のひとつに斬りつける。
 あっさりと硬い脚が斬り飛ばされ、彼は気をよくして、別の脚に向かうが――
「くっ」
 溶解液が飛び散り、慌てて身を引いた。肩から白い煙が昇るが、かまわず、溶解液ごと斬りつける。魔力を帯びた刃は、液に触れても少しも傷むことはない。
 分厚い甲羅が、ほんの少し力を込めただけでぱっくり裂けた。さらに切り裂こうと力を込めたところで、口が向けられ、緑色の血が混じった溶解液が降りかかる。
 横から、シリスが身体をぶつけてきた。ジュウウ、と何かが焦げる音と血の臭いに顔をしかめながら、少年は、長い髪に隠れた吟遊詩人の顔を見上げた。
 即座に身を起こし、振り向きざまに、槍の穂先をローグがつけた傷口に突き刺す。その正確さは、多くの戦いを切り抜けてきたことを想像させる。
「デウスよ!」
 槍の先を魔物の体内に埋めたまま、シリスは澄んだ声を響かせる。その声に応えるように、槍を包む、蒼白い淡い輝きが、一瞬強くなった。
 何かが、切り裂かれる音がする。緑の血が傷口から噴き出した。
 その血もまた、溶解液と同じ性質を持つのか。手を包むグローブが溶け始めると、シリスは槍から手を放してそれを脱ぎ捨てる。
「みんな、下がって」
 リンファの冷静な声がそう指示した。
 すでに、魔物の脚はほぼすべて切り取られ、目も多くが潰され、あるいは燃やされていた。頭部を振り回し、少なくなりつつある溶解液を振り撒くくらいが精一杯だろう。
 息の根を止めてやろうというのか、女魔術師は、長めの呪文を唱え始める。
「あとは、お任せしてよさそうですね」
 ローグが立ち尽くしていると、いつの間にか、セリオが背後に回っていた。エルフの僧侶は、自警団の仲間のために、治癒の魔法を準備する。
「〈オールバーン〉」
 恨みがましく吼える魔物の前で、リンファが高位の火炎系攻撃魔法を完成させる。
 小さな点が現われたかと見えると、それを始点に赤い線が宙に走り、上下にのびて口を開ける。地獄の業火のようなオレンジ色の炎の絨毯が広がり、魔物の巨体を包み込んだ。
 炎の壁の中で、魔物は吼える。しかし、動くこともままならないその身体が塵と化すまでに、そう時間はかからない。
「終わったか……」
 ローグは、魔力が消え去った剣の刃を草で拭い、鞘に収める。セリオの魔法で身体の痛みも消え、戦いの興奮も、冷たい夜風に薄れていく。ただ、周囲の景色とところどころ穴が開いた服が、戦闘の余韻を残す。
 セリオは、負傷者の治療をして回った。しかし、ただ一人、最初に魔物と戦って倒れていた王国兵の一人は、少し離れた所に寝かされたままだった。
 治癒の魔法も、万能ではない。使い手の力量にも左右されるが、余りに性質が変化した肉体は、再生が不可能なこともある。
「大丈夫?」
 自警団の若者たちが仲間の無事を確認している間に、魔物の最期を見届けたリンファが、うなだれているシリスに歩み寄った。
 シリスは、泣き出しそうな顔でマントの端を持ち上げる。
「せっかくもらったのに……」
 灰色の毛皮のマントに、いくつもの穴が開いていた。とても、マントの用を成せるように見えない。
 やはりそれなりに高価だったのか、リンファはわずかな間、無念の表情を浮かべるものの、やがて、笑い出した。
「溶解液を被らずに済んだんだもの、安いものよ。それに、マフラーくらいなら作れるでしょう」
「ああ……」
 少し気を取り直して、吟遊詩人はマントを筒状に丸めて抱える。
「それにしても、あの魔物は遺跡からやってきたのかしら? 普段からああいう魔物が徘徊しているとは思えないし」
 意見を求めるように地元の自警団の者たちを見回すと、皆、うなずきを返す。
「この辺りにたまに出るっていったら、せいぜいゴブリンやオーガ、森の中でジェリー、といったくらいだよ。あんな魔物、今まで見たことなかったな」
「屋敷の魔物事典でも見たことがないな」
 ローグとシャードがことばを交わすうちに、周囲が騒がしくなってくる。戦いの物音を聞きつけた村人たちが起き出したらしい。
「仕方がない。とりあえず、〈緑のオアシス〉亭で王国軍の帰還を待とう」
 王国兵二人が仲間をかつぎ、自警団と、二人の旅人の後に続く。
 王国軍が遺跡の魔物を一掃して帰還したのは、一行が、煙の番をしながら村人たちに事情を説明しているマスターのもとに帰って間もなくだった。
 翌朝、マスターの好意を受けて〈緑のオアシス〉亭で一夜を明かしたシリスとリンファは、領主の屋敷に呼び出された。執事のラーソンに再び案内されたのは、質素な、エンデーヌ将軍の臨時執務室である。
 室内に、あの魔術師の姿はない。少し疲れたような顔をした将軍だけが、立って二人を迎え入れた。
「きみたちには、礼を言わねばならないね。自警団ともども、本当によく村を護ってくれた」
「あの魔物は、やはり遺跡からのものなんですか?」
 シリスが、単刀直入に問う。
「ああ……我々はどうにか相手を追い詰めたが、魔物のうちの一体が逃げ出しましてね。我々には、どうしようもなかったのです。激しい戦いでした、今回の任務での殉職者は三名にもなります」
 沈痛な面持ちで、将軍は机に置いていた一振りの剣を両手に取った。翼を模したような美しい装飾が施された、両刃の直刀である。
「遺跡の見学は可能ですが、安心して一夜を過ごして頂けなかったようですからな。約束通り、この剣を差し上げましょう」
 シリスが断ろうと口を開きかけるのを、リンファが遮って剣を受け取る。彼女の見立てでは、二百カクラムは下らない値打ち物だった。
「遺跡には、王国兵を一人つけましょう。魔物はいなくなりましたが、危険な場所もありますからな」
「えっと……」
 部屋を出かけて、シリスがふと、気になっていたことを口にする。
「以前こちらにいらっしゃった魔術師は、どこかに用事ですか?」
 この問いに、将軍は少しだけ、バツの悪そうな顔をする。
「あ、ああ。軍ともなると、色々と面倒な手続きや報告もあるものでして。そのためにも、彼には色々と役に立ってもらっていますよ」
 魔法が遠方との通話に使われるのは、珍しいことではない。
 しかし、エンデーヌ将軍の顔色からして、魔術師の「用事」には裏がありそうだ、とシリスは思った。
 屋敷の玄関から、案内を命じられたらしい兵士が二人を先導した。林の中までの道のりは、昨日自警団に案内されたため、旅人たちも記憶している。
 昨日もいた見張りの二人に軽く挨拶してから、レックスと名乗った案内役は、長方形の出入口から中に入る。
 しばらく、狭い廊下が続く。壁や天井は、赤茶けた色をしていた。
「造られたのは、約一五〇〇年ほど前と言われています。専門家の鑑定がまだなので、あくまで壁に書かれた古代文字を、少々詳しい同僚が読み取ったことから推理してのことですが」
 先頭を歩きながら、レックスは親切に説明する。
「古代文字によると、何かの研究所のようですね。ほら、研究室が見えてきました。足元に注意してください」
 廊下が終わり、広い空間に出る。段差を降りて見回すと、三つの大きな出入口が口を開けていた。

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