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2005年10月31日 (月)

セルフォンの赤い悪夢#18

 畑の間を抜けると、低い唸り声と、金属音が聞こえた。続いて、何かがバリバリと引き裂かれ、倒れる音。生臭い、不快な匂いが鼻をつく。
 闇の奥にうごめく巨大なものを感じ取って、ローグは父親からのお下がりの、手入れの行き届いた剣を抜いた。シャードとセリオがかまえるのは、領主が自警団に贈った、金属製の槍だ。
「おい、大丈夫か!」
 一緒に駆けて来た王国兵が、木立ちの向こうから必死の形相で逃げてくる同僚に呼びかけた。
 目を凝らすと、王国兵の鎧姿がもうひとつ、地面に横たわっている。昼間〈緑のオアシス〉亭で見た姿だと、ローグは気がついた。
 怪我をしているのか、それともすでに事切れているのか。確かめている場合ではない。逃げてくる王国兵の後ろに、木をなぎ倒して近づいてくる、不気味な魔物の姿があった。
 目らしき黒い球体がいくつも突き出た頭部に、甲羅に覆われた胴体、その下で忙しく動く六本の脚。姿かたちは昆虫のようだが、誰も、そのような昆虫を見たことはなかった。
 木をなぎ払い、視界が開けると、魔物の頭部の下がぱっくりと割れる。それが口だと気づくのには、少し時間がかかる。
「離れろ!」
 シャードが叫ぶ。
 左右に分かれて身をかわす彼らの間に、どろりとした液体が流れ落ちた。それは地面の草を濡らすと、ジューッと音を立てて葉を溶かす。
「溶解液か」
「気をつけてください。溶かされた身体はそう簡単には元に戻りませんよ」
 セリオが注意してから、護りの力を導こうと、呪文を唱え始める。
 恐れていても仕方がない。相手の動きは意外に早く、村のなかに入れさせないためには、早く仕留めるほかはない。
 ローグは鎧を着ていないことに少しだけ不安を抱くが、呪文を唱えながらためらいなく前に出るシャードを見ると、負けてはいられない。勇気を奮い立たせ、目を狙って剣を突き出す。
 自警団の二人と王国兵二人が、魔物の目を潰した。だが、無数ある目の一部を傷つけられたくらいでは、巨体は止まらない。
 硬そうな毛の生えた脚が、素早く地を薙いだ。王国兵の一人が、大きく吹き飛ばされる。
「散開しよう!」
 セリオが地面を転がった兵士に向かうのを横目で見ながら、ローグが声を張り上げた。
「〈マナウォール〉!」
 蒼の月の力を導き、防御の魔法を解放すると、セリオはすぐに、治癒の魔法用の呪文を唱え始める。
 魔物の横に回りこみながら、シャードも、いくつか使える魔法のうちのひとつを放つ。
「〈ライトニング〉!」
 宙を蛇行する青白い光の線が、魔物の頭部をつらぬく。外は硬い甲羅で覆われていても、内部に広がる電撃は、確実に相手にダメージを与えるはずだ。
 魔物が、きしんだ床板のような鳴き声をあげる。大きく飛び退くシャードの目の前に、反撃の脚が振り下ろされ、地面をえぐってくぼみを作る。
「ローグ!」
 近づいてくる足音と聞き慣れた声を背中に受けながら、少年は身を引いた。
 身体に対して細過ぎる六本の脚が折り曲げられ、次に、一気に伸ばされる。巨体が、信じられないくらい高く跳んだ。
「みんな、下がれ!」
 駆け寄ろうとしていた少女たちに叫び、自ら魔物と距離を取る。
 浮き上がった魔物が、勢いよく落下した。草が混じった土埃が舞い、地面が轟く。揺れに足を取られ、しばらくの間、動くことができない。
 魔物は揺れの中でも、滑らかに動いた。脚の一本が、ローグを叩きつけようとする。
 少年の背後から、素早く、サンディアが動いた。つま先に鉄板を仕込んだブーツで魔物の脚を蹴り上げ、狙いを逸らす。
 姉の後ろで、カナディアは弓に矢をつがえ、ナセリーは針を手にしながら、相手の注意を引こうと目の上を飛び回った。
「溶解液に注意しろ」
 王国兵が言いながら、魔物の脚の節を狙い、剣先を突き出す。ローグもまた、それに倣った。
 セリオが治療を終え、もう一人の王国兵とともに戦線に復帰する。ローグとシャード、サンディアとセリオ、王国兵二人が、魔物の脚を一本ずつ相手するように陣取る。
 カナディアとナセリーは、それを援護し、目を潰すことに集中した。
「てっ!」
 脚に転がされながら、ローグは剣を手放さず、待った。確実に脚の弱い部分へ攻撃が入る角度を捉えるタイミングを。
 素早く動く脚にも、止まる瞬間がある。攻撃の直後、先端が地面に着く、その一瞬を、彼は捉えた。
 体重をのせ、前のめりになるようにして、かまえた剣を脚に突き刺す。
 ギイイイイィィィ……
 奥底から鳴り響くような悲鳴を上げ、魔物は、身体を跳ね上げる。
 カナディアが、甲羅を背負った背中より柔らかそうな腹部を狙い、矢を射る。深い傷ではないが、それは確かに、魔物の腹部に突き刺さった。
 顎が割れる。シュウシュウと音を立てる液体が、人間たちに向かって吐き出される。
 大切な剣を力任せに引き抜こうとしていたローグは、慌てて地面を転がって避けようとする。
「〈エアボミング〉!」
 爆風が、目を見開いてローグの無事を祈るばかりのカナディアの横を行き過ぎた。溶解液が吹き散らされ、一部は魔物の目に降りかかる。
 数滴の溶解液が左腕にかかり、服と皮膚を溶かす。ローグは顔をしかめながら、新たに駆けつけてきた姿を振り返った。
 昼間、〈緑のオアシス〉亭で顔を合わせ、領主の屋敷に案内した旅人二人が、それぞれの武器を手にしていた。爆風の魔法で少年剣士を助けたシリスは灰色の厚めのマントをまとい、リンファは呪文を唱えながら、レイピアを抜き放つ。
「助かった!」
 礼を言い、ローグは剣をかまえなおす。左腕にはひりつくような痛みがあるが、動かせないほどではない。
「〈フレアブラスト〉」
 リンファが赤い光線を発射した。光線が魔物の頭部に当たると、爆発が起こり、炎が複数並ぶ目の半分までを包む。唸りが再び、夜の空気を震わせた。
「見たことのない魔物だわ」
 魔法を解放してから、リンファが形のよい眉をひそめる。
 大勢の人間に取り囲まれ、傷つけられ、魔物はいよいよ本能のままに暴れ回る。脚が無造作に周囲を払い、足もとをすくわれたシャードと王国兵が草の上を転がった。
 追撃をかけようとするその動きを、サンディアとセリオが攻撃を加え、停止させる。
「あんたの相手は、こっちだよ!」
 ナセリーが飛び回りながら、針で魔物の目を突いた。
 その攻撃で、魔物の動きは確かに止まった。動きを止め、頭を振りながら、その場で口を大きく開く。
 溶解液が飛び散り、肉が焼けるような、嫌な臭いがした。

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