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2005年10月29日 (土)

セルフォンの赤い悪夢#17

「魔物が外に出てきているのかしら……?」
「それとも、離れた所にいた魔物が遺跡の魔物に引き寄せられたとか……とにかく、警戒しておくに越したことはないね」
 槍を引き寄せ、闇に目を凝らす。危険は、いつも突然襲い掛かるものだと、長く旅を続ける者たちは知っていた。
 とはいえ、先ほどの声だけで言えば、それほど近くというわけではなかった。むしろ、遺跡の周辺から発されたように思える。
「大丈夫よ。結界も張ってあるし」
「オレたちはともかく、村や遺跡の掃討に来た王国兵も心配だな。まあ、よほど強力な魔物でなければ、あのエンデーヌさんの自信は打ち砕けない気もするけど」
「そろそろ、王国軍が動き出してもいい頃だものね」
 ことばを交わし、耳を澄ます。
 どこかで、葉がふみしめられるような、ギュっ、ギュッという音がする。それも、一人分ではない。
 狭い遺跡の内部では、大勢で魔物退治とはいかない。村や外の見張りも考えると、掃討作戦に参加するのは、せいぜい、五、六人程度か。
「みんな無事に帰って来れるといいな」
 少し心配そうな表情で、シリスは木々の向こうに目を向ける。
 エンデーヌが、あれほど自信を持っているのだ。何も気にすることはない……と、頭では理解していても、なぜか、不安が胸の奥に湧き上がってくる。
 本人に自覚のないその理由を、鋭い洞察力を持つ魔術師が見て取った。
「シリス……何か、悪い予感を感じているんじゃない?」
 シリスの、良く当たる第六感。その感覚がこの感覚だと、本人もようやく気づく。
「掃討作戦が失敗するかもしれない……ということかな?」
 迷うように、赤い目が槍の上を泳ぐ。
 リンファは、彼のそばから向かいに戻り、川の水を瓶に入れ、再び火の横に置く。カップの中に残っていたハーブティーは、すっかり冷え切っていた。
「考えても仕方がない。掃討作戦は王国兵の役目よ。わたしたちがすべきことは、失敗した後の自分たちへの被害を減らすこと」
「それでいいのかな」
 エンデーヌを含む王国兵の中に、死傷者が出るかもしれない。シリスは、それが気になるのだ。自分に関わりのないものには興味を持たないリンファと違い、彼は、己が知った、できるだけ多くの者を助けよう、護ろうと考える。
 だが、確かに掃討作戦は、軍の仕事なのだ。彼はあきらめ、小さくなりかけていた火に新たな薪をくべる。
 闇が完全に夜に馴染み、風はないものの、陽光の余韻が消えた大地は冷え始めていた。貰ったばかりの毛皮のマントで身を包んで、シリスはふと、村の方向を見る。
 そこには、一筋の煙が、村の中央から星々の瞬く空へ向け、立ち昇っていた。
 自警団の巡回は、いつもは夜も行われていた。しかし、今は王国兵に任されている。
 ゆっくり眠れるはずの夜だった。王国軍は遺跡の魔物たちを一掃し、村は何事もなく朝を迎えるに違いない。
 そう確信しながらも、ローグは眠ることができず、剣を取って散歩に出た。
 二つの月と満天の星が照らす夜道は明るく、林の方向もよく見えた。彼は、もうすでにエンデーヌ将軍らが出発したのを、鎧の鳴る音で知っている。
 村の周囲を歩くうちに、彼は、ジェッカ教会の前を通りかかった。木の陰に、見覚えのある長身痩躯の法衣姿があるのが見える。
「考えることは一緒だな」
 声をかけると、エルフの僧侶はようやく少年剣士の存在に気づき、表情のなかった顔にほほ笑みを浮かべた。
「眠れないのか?」
「ええ。何だか、胸騒ぎがして……今日は、静か過ぎる気がします。まあ、気のせいだと思いますけど」
 セリオは木の陰から出ると、ローグと並んで歩き始めた。
「セリオの胸騒ぎって、なんか心配だな……何か、魔物の気配を感じないか?」
 冗談のつもりで、笑いながらエルフを振り返る。しかし、彼の目に映ったのは、いつもはぼんやり開かれている目を珍しく細めて茂みをにらむ、セリオの姿だった。
 反射的に、愛剣の柄に手をやる。何かの気配が、素早く茂みの中を駆け抜けた。
「動物……か?」
 一瞬だけローグにも感じ取れた気配は、すぐに彼らの元を離れた。動物のものとは違う感触に思えたが、五感ではない不確かな感覚に触れるものに対しては、自信が持てない。
 動物だったのだろう、と、彼は結論付けることにした。セリオも、それを否定はしない。肯定もしないが。
「まあ、今夜はきっと何も起こらずに……」
 言いかけて、口をつぐむ。
 視界の端に、白い煙が昇っていく。急に、少し離れたところから、カンカンという軽い金属音が聞こえてきた。その煙、その音――どちらも、自警団の異常事態発生の合図だ。
「なに? 何があったの~?」
 ナセリーが眠い目を擦りながら、教会を飛び出してくる。
 しばらく、硬直したように茫然と立ち尽くしていたローグとセリオは、背中を押されたように駆け出した。それを、まだ状況を理解しないまま、慌ててナセリーが追う。
 村の中央、自警団の集合場所に指定されている共同井戸がある辺りで、煙をよく出すフム草が燃やされていた。
 王国兵が一人と、〈緑のオアシス〉亭のマスター、そして昼間の格好のままのシャードが、駆けつけた三人を迎えた。
「村の北に魔物だ。王国兵が二人、足止めしてる。オレたちは応援に行くから、ナセリーはカナディアとサンディアが来たら誘導してくれ」
「わかった」
 留守番を任されたナセリーは少し膨れた顔をするが、駄々をこねている場合でないのはわかっていた。
 なぜ、今夜魔物が現われたのか。どんな魔物が現われたのか。ローグも、シャードに色々とききたいことはあったが、無駄なことは一切言わない青年の切羽詰ったような様子を見ていたら、口を閉じているべきだと実感する。
 シャードと若い王国兵、ローグ、セリオは、小さな村のなかを走った。何事かと家から顔を出す者もいるが、気にしている余裕はない。
「魔物が外に出てきているのかしら……?」
「それとも、離れた所にいた魔物が遺跡の魔物に引き寄せられたとか……とにかく、警戒しておくに越したことはないね」
 槍を引き寄せ、闇に目を凝らす。危険は、いつも突然襲い掛かるものだと、長く旅を続ける者たちは知っていた。
 とはいえ、先ほどの声だけで言えば、それほど近くというわけではなかった。むしろ、遺跡の周辺から発されたように思える。
「大丈夫よ。結界も張ってあるし」
「オレたちはともかく、村や遺跡の掃討に来た王国兵も心配だな。まあ、よほど強力な魔物でなければ、あのエンデーヌさんの自信は打ち砕けない気もするけど」
「そろそろ、王国軍が動き出してもいい頃だものね」
 ことばを交わし、耳を澄ます。
 どこかで、葉がふみしめられるような、ギュっ、ギュッという音がする。それも、一人分ではない。
 狭い遺跡の内部では、大勢で魔物退治とはいかない。村や外の見張りも考えると、掃討作戦に参加するのは、せいぜい、五、六人程度か。
「みんな無事に帰って来れるといいな」
 少し心配そうな表情で、シリスは木々の向こうに目を向ける。
 エンデーヌが、あれほど自信を持っているのだ。何も気にすることはない……と、頭では理解していても、なぜか、不安が胸の奥に湧き上がってくる。
 本人に自覚のないその理由を、鋭い洞察力を持つ魔術師が見て取った。
「シリス……何か、悪い予感を感じているんじゃない?」
 シリスの、良く当たる第六感。その感覚がこの感覚だと、本人もようやく気づく。
「掃討作戦が失敗するかもしれない……ということかな?」
 迷うように、赤い目が槍の上を泳ぐ。
 リンファは、彼のそばから向かいに戻り、川の水を瓶に入れ、再び火の横に置く。カップの中に残っていたハーブティーは、すっかり冷え切っていた。
「考えても仕方がない。掃討作戦は王国兵の役目よ。わたしたちがすべきことは、失敗した後の自分たちへの被害を減らすこと」
「それでいいのかな」
 エンデーヌを含む王国兵の中に、死傷者が出るかもしれない。シリスは、それが気になるのだ。自分に関わりのないものには興味を持たないリンファと違い、彼は、己が知った、できるだけ多くの者を助けよう、護ろうと考える。
 だが、確かに掃討作戦は、軍の仕事なのだ。彼はあきらめ、小さくなりかけていた火に新たな薪をくべる。
 闇が完全に夜に馴染み、風はないものの、陽光の余韻が消えた大地は冷え始めていた。貰ったばかりの毛皮のマントで身を包んで、シリスはふと、村の方向を見る。
 そこには、一筋の煙が、村の中央から星々の瞬く空へ向け、立ち昇っていた。
 自警団の巡回は、いつもは夜も行われていた。しかし、今は王国兵に任されている。
 ゆっくり眠れるはずの夜だった。王国軍は遺跡の魔物たちを一掃し、村は何事もなく朝を迎えるに違いない。
 そう確信しながらも、ローグは眠ることができず、剣を取って散歩に出た。
 二つの月と満天の星が照らす夜道は明るく、林の方向もよく見えた。彼は、もうすでにエンデーヌ将軍らが出発したのを、鎧の鳴る音で知っている。
 村の周囲を歩くうちに、彼は、ジェッカ教会の前を通りかかった。木の陰に、見覚えのある長身痩躯の法衣姿があるのが見える。
「考えることは一緒だな」
 声をかけると、エルフの僧侶はようやく少年剣士の存在に気づき、表情のなかった顔にほほ笑みを浮かべた。
「眠れないのか?」
「ええ。何だか、胸騒ぎがして……今日は、静か過ぎる気がします。まあ、気のせいだと思いますけど」
 セリオは木の陰から出ると、ローグと並んで歩き始めた。
「セリオの胸騒ぎって、なんか心配だな……何か、魔物の気配を感じないか?」
 冗談のつもりで、笑いながらエルフを振り返る。しかし、彼の目に映ったのは、いつもはぼんやり開かれている目を珍しく細めて茂みをにらむ、セリオの姿だった。
 反射的に、愛剣の柄に手をやる。何かの気配が、素早く茂みの中を駆け抜けた。
「動物……か?」
 一瞬だけローグにも感じ取れた気配は、すぐに彼らの元を離れた。動物のものとは違う感触に思えたが、五感ではない不確かな感覚に触れるものに対しては、自信が持てない。
 動物だったのだろう、と、彼は結論付けることにした。セリオも、それを否定はしない。肯定もしないが。
「まあ、今夜はきっと何も起こらずに……」
 言いかけて、口をつぐむ。
 視界の端に、白い煙が昇っていく。急に、少し離れたところから、カンカンという軽い金属音が聞こえてきた。その煙、その音――どちらも、自警団の異常事態発生の合図だ。
「なに? 何があったの~?」
 ナセリーが眠い目を擦りながら、教会を飛び出してくる。
 しばらく、硬直したように茫然と立ち尽くしていたローグとセリオは、背中を押されたように駆け出した。それを、まだ状況を理解しないまま、慌ててナセリーが追う。
 村の中央、自警団の集合場所に指定されている共同井戸がある辺りで、煙をよく出すフム草が燃やされていた。
 王国兵が一人と、〈緑のオアシス〉亭のマスター、そして昼間の格好のままのシャードが、駆けつけた三人を迎えた。
「村の北に魔物だ。王国兵が二人、足止めしてる。オレたちは応援に行くから、ナセリーはカナディアとサンディアが来たら誘導してくれ」
「わかった」
 留守番を任されたナセリーは少し膨れた顔をするが、駄々をこねている場合でないのはわかっていた。
 なぜ、今夜魔物が現われたのか。どんな魔物が現われたのか。ローグも、シャードに色々とききたいことはあったが、無駄なことは一切言わない青年の切羽詰ったような様子を見ていたら、口を閉じているべきだと実感する。
 シャードと若い王国兵、ローグ、セリオは、小さな村のなかを走った。何事かと家から顔を出す者もいるが、気にしている余裕はない。

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