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2005年10月27日 (木)

セルフォンの赤い悪夢#15

 空は、端から少しずつ、朱に染まっていた。もともと、一目外側を見るだけの予定だったので、彼らは早々に村に引き上げる。
「お二人は、宿に泊まるんですか?」
 井戸のある広場で、八人は輪になってお互いを見た。
 周囲を駆け回っていた子どもたちも家へ帰り、畑に出ている姿も少なくなっている。
「そうだね。せっかくだから、村に一軒の宿屋に泊まらせてもらうことにするよ。ジェッカ教会に泊まるほうが安上がりかもしれないけど」
 どこの教会も、泊まるところのない者の為に軒先を解放している。質素な食事を与えられることもある、という程度の居心地だが、野宿よりは遥かにマシである。
 シャードは旅人たちを家に招こうかと考えていたが、数少ない客を待つ宿屋に配慮しようという吟遊詩人の笑顔を向けられると、何も言えなくなる。
 セリオとナセリーは教会へ、他の者はそれぞれの家へ。宿に向かう旅人たちと別れ、去っていく。
「たまには、高い部屋を取りましょう」
「そのほうが、宿の人も喜んでくれるだろうしね」
 夕暮れの道を歩いて、シリスとリンファは、〈日干し草の宿〉という小さな宿屋の扉をくぐった。
 しかし、事態は、二人の予想を大きく裏切る。
「王国兵は、領主さんの屋敷に泊まってるはずじゃ……」
 宿に入って間もなく、シリスは、カウンターの向こうの主人に、困り果てたような目を向ける。
 宿の主人のほうも、申し訳なさそうに旅人たちを見た。
「それが、急に王国軍の特殊魔法部隊とかいう方たちがいらっしゃって……もう、馬小屋から倉庫まで貸切というありさまでして」
「特殊魔法部隊?」
「魔物や魔法の戦術的な使い方、遺跡から発掘された道具を戦闘用に研究したり、新しい攻撃魔法を編み出そうという軍隊直属の研究機関よ」
 耳慣れない単語にシリスが首をかしげると、リンファが横から説明し、泊めた相手を良く知らなかったらしい宿屋の主人も感心する。
「うーん、ともかく、うちにはもう、お客さまを泊める場所も、お食事も用意できませんので……申し訳ありません」
「まあ、仕方がないよ」
 肩をすくめ、縮こまっている主人に見送られて、宿を出る。
 太陽は、山の連なりの向こうへ姿を隠したようだ。地平線を包むようなシリスの髪の色に似た薄紫色に陽光の余韻があるものの、空の高い部分に濃紺が広がり、いくつか星が輝いていた。
「野宿かな」
 見上げたまま、吟遊詩人はポツリと言う。
 その横顔に、魔女は強い意志を秘めた目を向けた。
「それは駄目よ。今からでも、どこかに泊めてもらうか、教会にでも行きましょう」
「珍しいね。こういうとき、いつもリンファが真っ先に、無駄な出費はいらない、野宿で充分だって言うと思うんだけどな」
「今日は、高い料金を払ってでもゆっくりするって決めていたの」
 見返してきたシリスから視線をはずし、彼女は顔をそらす。
 家々の窓から、明りが洩れていた。空に、いくつもの煙が昇っている。
「もう、どこも夕食を作っている頃だし、今から行けば迷惑になる。……リンファ、オレが外で携帯食じゃない料理をご馳走するって言うのはどう?」
「いいけど、それはいつもやっていることだと思うの」
 言い返してから、彼女は、仕方なさそうに肩をすくめた。
「そうね……郊外にいるほうが、王国軍の動きもわかるかもしれないし。遺跡の近くに野宿するのもおもしろそうだわ」
「じゃあ、急いで行こうか」
 もう、夕食時である。早く夕食の準備をしようと、二人は西の林に向かった。
 星の明りを頼りにして、遺跡がある丘から少し離れた所にある小川のそばに、足場の良い場所を見つける。
 シリスは土を少し掘り起こし、できた穴の周囲を石で囲むと、薪にする枝と一緒に拾ってきた先が二又になった木の枝を、左右に一本ずつ立てた。
 その上にナイフで細かい枝を切り落とした棒をひっかけ、小川の水をくんだ鍋を吊るす。薪を並べた上に、リンファが短く呪文を唱え、火種を移した。
「こういうとき、魔法は便利だって思うね」
「あら。こういうときじゃないと、思わないの?」
 リンファがいたずらっぽく言うと、シリスは慌てて首を振った。
「そ、そういうわけじゃないよ。何度命を救われたか、数え切れないくらいなんだから」
 彼は枝で薪と枯葉を動かし、火が上手く鍋に当たるように調整する。鍋の中身が沸騰すると、刻んだ干し肉と何種類かの乾燥豆、米と味付け用の塩を入れ、焦げないようかき混ぜる。
 シリスが夕食を作っている間に、リンファは金属製の瓶に水を入れて火のそばの石に立てかけ、湯を作っていた。瓶の口から湯気が昇ると、彼女は、溝が噛み合った二つのカップを取り出す。取っ手も折りたためるようになった、小さく収納できる旅人に人気のカップだ。
 次に、常に持ち歩いている乾燥ハーブと、蜂蜜を正方形に小さく固めたものを二個、それぞれのカップに入れる。
「王国軍の作戦は、深夜かな」
 香り付けのハーブを鍋に入れてかき混ぜ、シリスはすっかり闇に染まった空を見上げた。赤と青の月が星々とともに光をそそぎ、周囲は松明も必要ないほど明るい。
 彼は鍋を下ろし、金属製の丈夫な食器に雑炊を盛る。食欲をそそる香りが、鼻腔をくすぐった。
「深夜になれば、魔物は活発になるはず。相手は、深夜にならなければ戦いにくいタイプの魔物なのかしら」
 ハーブティーを作ったカップを手渡しながら、リンファは遺跡の方向に目をやる。
 昼間は眠っており、眠っている間は甲羅に護られ攻撃の通用しない相手や、夜にならなければ実体の現われない精神生命体系の魔物、というものも存在する。そういった相手でなければ、魔物の相手は昼間にしたほうが、いくらか有利のはずだった。

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