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2005年10月24日 (月)

セルフォンの赤い悪夢#12

「そんなことより、サンディア、他の四人はどうしたんだよ」
 食後のコーヒーを飲んでいた少女は、ほっと一息ついてから、幼馴染みのぶっきらぼうな問いかけに答える。
「カナディアとナセリーはシャードの家。ラーソンおじさんがクッキーを焼いて、分けてくれるって言うから、シャードと一緒に取りに行ったわ。セリオは教会」
 村の者なら、シャードが領主の息子であることも、ラーソンが領主の屋敷の執事であることも知っているだろう。
 しかし、領主の屋敷に宿を取っているはずの王国兵たちは少年たちの話に無関心なのか、硬い表情のまま店を出て行く。
「ずいぶん、緊張した感じだったわねえ」
「ああ、状況が余り良くないようだからね」
 思わず兵士たちが出て行ったドアを見つめるサンディアに、マスターが声をかけた。自警団を組織する若者たちはほぼ毎日この店に集うので、マスターとは顔馴染みである。
「状況……って、怪我人でも出たのか?」
 思わず身を乗り出すローグに、マスターは首を振った。
「怪我をしたら魔法で治せば良いだけだしね。そうではなくて、倒せない魔物がいたのさ。何体か、非常に強力な魔物が最後の壁になっているようだ」
「何せ、軍隊は少人数の戦いに慣れていないからな」
 そう付け加えたのは、ドアを開けて入ってきた、長身の青年だった。金に近い茶色の髪を後ろで束ね、知的に輝く目は、北方大陸製の眼鏡のレンズに覆われている。
 彼の後ろには、金髪を三つ編みにした少女が紙袋を抱えて続き、その周囲を、半透明な羽根を背にした手のひらサイズの人型種族――フェアリーが飛んでいた。
「シャード、何か変わったことはあったか?」
 待ちかねたように、ローグは領主の跡取りに問うた。
「ああ。オレは軍隊には近づけないが、おじさんが言うには、今夜、強力な魔物を倒すために、何か強力な兵器を使うらしい。さすがに、詳しいことは聞けないようだが」
「国家機密、ってやつか」
 内心、魔物の掃討のための戦力に呼ばれるかと期待していた少年は、溜め息を洩らした。
「ローグは、戦いたかったの?」
 二歳違いの姉のとなりで笑いながら、カナディアは紙袋を広げ、クッキーの山をテーブルの上に置いた。甘い香りが、ふわっと周囲に広がる。
「ほんっと、この年頃の男の子は、血気盛んね~」
 小妖精のナセリーが、クッキーのひとつを掠め取る。彼女の身体に対して大き過ぎるそれを、カナディアが細かく砕いてやった。
「せめて、王国兵の戦いぶりを見たかったのに……掃討中は、遺跡に近づくのも禁止だなんて」
 腹いせのように、少年剣士は丸いクッキーを口に放り込み、噛み砕く。料理好きな執事はシャードの好みに合わせたのだろうが、甘過ぎない素朴な味のバタークッキーは、彼の好みにも良く合っていた。
「セリオの分も残しておいてやれよ。もうすぐ来るはずだから」
 身体に似合わず、勢い良くクッキーの欠片を食べ尽くしていくナセリーに、シャードが苦笑を向けた。
「甘いものはいくらでも入るの。ほら、シャードももっと食べないと、大きくなれませんよ」
「ナセリーは大きくなるつもりなのか?」
「ううん。あたしのお腹には異世界に続く穴が開いてるから、これ以上は大きくなれないの」
「自分で言ってりゃ世話ないな」
 ローグの突っ込みに、笑いが起こる。人の姿は少ないが、この酒場はいつも、賑やかだった。
 笑い声に重なるように、小さな音が鳴った。
 建てつけの悪いドアが、キイ、と小さな悲鳴を上げる。大げさな音ゆえに、誰もが、ドアが開けられたことに気づいた。
 注目の中、店に入って来た姿に、皆は一瞬、ことばを失う。
 それは、一度目にすると忘れられないような容姿をした、二人の旅人だった。一見女二人にも見えるが、もう少し注意して見ると、体型から、どうやら一組の男女らしいとわかる。
 吟遊詩人らしい若い男と、女神のように美しい女。二人は店内を見渡すと、カウンターに近いテーブルに席をとる。
「やあ、いらっしゃい」
 少しの間目を見張っていたマスターが、すぐに営業スマイルを取り戻した。
「ここに旅人が訪れるとは珍しい。どこから来たか、聞いてもいいかな?」
「近場だよ。しばらくセルフォンに逗留していて、そろそろ、またどこかに出かけようかと思って」
 背負っていた槍と竪琴を降ろし、吟遊詩人が優しげなほほ笑みを浮かべて答える。ローグたちはクッキーをつまみながら、背中でマスターと旅人の会話を聞いていた。
「それじゃあ、これからまたどこかへ?」
「いや、新しく発見された遺跡を見ようと思ってたんだ。でも、王国兵が閉鎖しているようだし、見学は無理かな?」
「魔物退治の間以外なら、見学くらいはできるよ。魔物がいる辺りはさすがに入れなはずだし、王国兵が案内することになるだろうけどね」
 各テーブルに配置されているメニューに目を落としていた美女が、吟遊詩人に注文をきき、昼食を注文した。
「今夜掃討作戦が終わるっていう話だから、もう少し待てば、ゆっくり見られるかもしれないよ」
 注文された料理を手早く作り、盆に自慢の採れたて野菜の鶏肉巻きや自家製ジャム入りパン、じゃがいものミルク煮と団子入りスープなどを載せ、テーブルに運ぶ間に、先ほどのシャードの話を思い出し、マスターが付け加える。
「急ぐ旅じゃないけど、遺跡の調査をする学者さんの邪魔になるのも何だから、すぐに済ませてしまうつもりなんだ。王国兵の部隊の責任者の人に許可を取ろう」
 素朴な料理を見て嬉しそうにほほ笑み、吟遊詩人が答えた。
「それなら、案内を頼むといい」
 マスターが、意味深長に少年少女たちを見る。
 ローグやサンディアは知らないふりでクッキーを頬張るが、ナセリーはあからさまに、期待の目で受け止める。
「案内か。頼めるものなら頼みたいものだけど」
 パンをかじりながら吟遊詩人が言うと、マスターは苦笑を押し殺した様子で、ことばを続けた。
「王国軍の責任者エンデーヌは、領主の館に泊まっているんだ。そこにいるシャードが、領主の息子だよ。自警団の若者たちに、屋敷まで案内してもらうといい」

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