« セルフォンの赤い悪夢#10 | トップページ | セルフォンの赤い悪夢#12 »

2005年10月22日 (土)

セルフォンの赤い悪夢#11

  第二章 古の鼓動

 草原の真ん中を縦断する道を、一台の荷馬車が、コトコトと南に向かっていた。暖かい陽射しを受け、遮るものもなく、だいぶ歳をとっているらしい馬が上機嫌で馬車を引く。
 荷台の上の半分は、干草の束で埋め尽くされている。もう半分、端のほうには、二人の旅人が腰かけていた。
「まったく、軍隊が近くに来てるなんて、信じられないのどかさね」
 何の異状もない草原を見回して、リンファは退屈そうにぼやいた。
 彼女のとなりでは、シリスが気持ちよさそうに仰向けになっている。目を閉じたその顔を、そっと女魔術師はのぞき見た。不意に吟遊詩人の目が開かれ、目と目が合う。
「気分は悪くなさそうね」
「ああ……こうして、馬車に揺られているだけだしね」
 頭を掻き、シリスは草原の彼方に視線を向ける。
 戦獣の一件が一応解決し、熱が下がると、シリスはすぐにもセルフォンを発とうとした。リンファが珍しく行きたい場所があると言い出したのは、彼に無理をさせないための配慮である。
 行き先は、セルフォンから遠くない場所にある。最近になって郊外に遺跡が発見された、ラウリという名の小さな村だ。
 歩いても数時間で着くが、たまたまラウリ行きの荷馬車と会い、護衛がてらに乗せてもらえることになった、というのが、今までのいきさつだった。
「まあ、たまには、こうしてのんびりするのもいいかな。ほんの一部とはいえ、王国軍が魔物討伐に来るくらいなんだから、村は大変なことになっているかもしれないけど」
 発見された遺跡は、小さなものだった。しかし、同時に内部にはびこっていた魔物たちも目覚め、家畜に被害が出ているという。
 今は二〇人の王国軍に守られているが、村人たちは、緊張を強いられているだろう。
「すぐに、王国軍が掃除をしているでしょう。最近は、イルヘム・エンデーヌとかいう新しい将軍の指揮で、積極的に討伐に乗り出しているみたいよ」
「ああ、そのエンデーヌさんが、うちの村にも来てるんだよ」
 手綱を握る、黒い口髭をたくわえた男が、口を挟んだ。
「小さな村だけど、すぐにやってきてくれた。部下の人たちもだけど、いい人だよ。おかげで、怪我人も出なかったしねえ」
「遺跡の魔物は、もう掃討されたんですか?」
 身を起こし、シリスが干草の山の向こうに目を向ける。
「もう、半分くらいはやっつけたかな。でも、さすがに人数が少ないんで、一気に全滅させるわけにはいかなかったんだ。村の警備もやらないといけないし」
「それじゃあ、魔物討伐はこれからかしら」
 リンファの目が、怪しく光る。何とか、分け前にありつけるかもしれない……というときの輝きだと、シリスは知っている。
「リンファ……遺跡の魔物討伐がしたかったのかい?」
 少しあきれを含んだをとなりに向けると、類稀な容姿を持つ美女は、しらじらしく空を仰ぐ。
「遺跡の見学のついでに、お小遣い稼ぎができれば一石二鳥じゃない。あなたは、宿で休んでいていいから」
「ラウリに、宿屋があったかな?」
「ああ、あるよ」
 村の者である男が、再び口を挟む。
「うちは、西にある森のエルフとも貿易が盛んだからね。小さな村だけど、けっこう旅人が訪れるのさ」
 エルフとは、先の尖った耳と美しい容姿、高い魔力を持つ、長命の森の妖精である。
 かつて、セルティスト界全体を巻き込む戦いがあった。その直後、約一二〇〇年前に、世界は四つに分断される。エルフの大半は精霊界に移住したが、この表層界〈フォース〉にも、一部の者が残り、ひっそりと暮らしていた。
「エルフにとっても、遺跡の魔物は厄介でしょうね。まあ、それならもう、エンデーヌが手を打っているでしょう」
 少し残念そうに言い、リンファは、地平線から顔を出しつつある緑の稜線へ視線を向けた。
 ラウリは、農耕を主な産業とした、小さな村である。かつて貿易の拠点として栄えていた名残か、セントメフィアの貴族の血筋をつぐ一族が領主として村をまとめているが、争いごとなど滅多に起きない、のどかな村だ。
 その一方、魔物に対する警戒は常に怠らず、数少ない若者たちは、自警団を組織して周囲を巡回していた。
「ねえ、ローグ。いつもより、暇になったと思わない?」
 金髪を肩の上で切りそろえた少女が、碧眼をとなりにむけた。そこには、遅い昼食にサンドウィッチを頬張る、栗色の髪の少年の姿がある。
 村に唯一の酒場〈緑のオアシス〉亭は、いつもの昼食時に比べ、混雑していた。もっとも、いつもはテーブルひとつのみ埋まっているのが、二つに増えただけのことだが。
「まあ、ありがたいことに、王国軍第七師団の人たちが見回ってくれるからな。これで、みんな安心さ」
「その割には、つまらなそうよね」
「べつに……余った時間で、これから剣の訓練でもしようって考えてただけだ」
 壁際のテーブルで静かに昼食をとっている王国軍の兵士の姿を横目に、ローグはホットミルクでサンドウィッチを胃に流し込んだ。
 エンデーヌの率いる王国軍の兵士は、一般的な歩兵とはいえ、機能的で洗練された軽鎧を身につけていた。しかも、選び抜かれた精鋭である。その動きには無駄がなく、外見的にも内面的にも機能美を思わせた。
 一種の憧憬と、かすかな嫉妬。それが、ほんのわずかの間、少年の黒い瞳に浮かんで消えた。

|

« セルフォンの赤い悪夢#10 | トップページ | セルフォンの赤い悪夢#12 »

『セルフォンの赤い悪夢』2」カテゴリの記事