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2005年10月20日 (木)

セルフォンの赤い悪夢#09

 獣の、戦闘のための本能か、知識か。何かを察したらしい目が怒りに燃え、十字の刃を投げつける。
 ルルグと立ち直った警備隊員が、刃を叩きつけた。火花が散り、いくらか勢いがそがれる。
「〈ボムフィスト〉」
 シリスがリンファまでの直線上に入り、弾き落とす。そして、急いで刃に伸びてきた糸を切った。
 だが、今回伸びて来た糸は、刃に向かったものだけではなかった。
 糸を切って刃を踏みつけ、身を起こそうとして、彼は左手が引っ張られるのを感じる。視線を落とすと、手首に白い糸が巻き付いていた。
 まずい、と糸に槍の刃をあてがった、刹那。
 その身体が弾かれたように、びくん、と痙攣した。青白い火花が槍から散り、引き攣ったように伸びた身体が、次の瞬間には前のめりに崩れ落ちる。
「シリス!」
 戦場から間合いを取る目的を忘れ、リンファが引き返す。
 獣が跳躍した。石畳の上で小さくもがく吟遊詩人のそばに、地面を大きく振動させながら着地する。
 リンファがシリスの前に入り、獣が爪を振り下ろし、ルルグが剣を投げつけるのが同時だった。
 痛みをこらえて見上げるシリスの頬に、赤い雫が落ちる。獣の爪が、リンファの左肩を深くえぐる。白い衣が、血に染まる。滑らかな肌を、長く鋭い爪が貫いている光景が、痛々しい。
 偶然の一撃だった。
 反射的に突き出したリンファのレイピアは、獣の眉間に軽く当たり、止まっていた。そのレイピアの先を見上げた、獣の左目――そこに、ルルグの投げた剣が突き立っていた。
 痛みも、常に平常心を失わない一流の女魔術師には、問題にならないようだった。
 背後でシリスが呪文を唱えているのを聞きながら、彼女は素早く、満月に近い緋の月の破壊の力を導いていく。
 彼女の白く美しい手は、獣の右目に突き立つ剣の柄に軽く触れた。
「〈ライトニング〉」
 仕返しだというかのように、淡々と、氷のように冷たい一言で、青白い電撃の牙を閃かせる。
 どれほど分厚い筋肉や硬い皮膚を持っていても、身体の中までは鍛えることができないだろう。その事実を、彼女はただ、証明してみせる。
 剣に貫かれたまま、獣が転げ回る。頭を抱え、苦痛に呻く。獣ではなく、ただの人間であるかのように。
 それを冷めた目で見つめるリンファの腕に、何か、温かいものが触れた。
「〈ヒーリング〉」
 再生と保護を司る蒼の月の力が、光となって彼女の肩を包み、血を流し続けていた傷を塞いだ。
 思い出したように振り返り、横たわる身体を仰向けにして上体を抱き寄せると、頭が力なくがくり落ちる。
「無茶をしたわね」
 脈をとって気を失っているのを確かめると、紅い月光に照らし出された可憐な横顔が、小さく笑みを浮かべた。

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